mixiユーザー(id:12941520)

2025年03月08日00:27

27 view

内田誠 というひとは?

■日産、内田社長の進退協議=11日の取締役会で、経営責任問う声
(時事通信社 - 03月07日 18:02)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&from=diary&id=8230387

内田 誠(うちだ まこと、1966年7月20日)は、日本の実業家。2019年12月1日より日産自動車取締役兼代表執行役社長兼CEO。日本自動車工業会副会長。

経歴
東京都生まれ。父親の仕事で、小学1年生から5年生までをエジプトのカイロで、中学2年生から高校2年生までをマレーシアで過ごした。帰国後は帰国子女を受け入れていた同志社国際高校に進学し、1991年3月同志社大学神学部卒業。世界を相手にダイナミックな仕事をしたいという思いを元に同年4月、日商岩井(現・双日)に入社。同社では機械部門に配属された後に自動車部門へと移り、フィリピンに5年間駐在した。現地では当時、日商岩井と三菱自動車工業が設立していた合弁企業に勤務していた。2003年、ヘッドハンディングではなく、自らの意思で日産に転籍。理由としては、「もっとグローバルな仕事がしたいと思い、もう1回何かやるなら自動車関係をやってみたいと、門をたたいたのが日産でした」と述べている。なお、その当時、日産について「グローバルでダイバーシティー(多様性)に富んだ会社」という印象を持ったと述べている。入社直後は厚木テクニカルセンターの購買部門にて部品の購買と調達を担当した。2016年に同社常務執行役員に就任、ルノー・日産・三菱アライアンスの購買を担当した。大韓民国へ出向した際にはルノーの韓国工場で製造したエクストレイルを北米市場へ輸出するプロジェクトを率い、徹底的にコストを下げ、ビジネス効率を高めて多大な利益をもたらした。これは社内では当時“アライアンスの成功事例のひとつ”と評された。そして2018年、同社専務執行役員に昇格するとともに、東風汽車有限公司の総裁に就任した。

日産CEOとして(混乱の中で始まったCEO任期)
2019年12月に同社専務執行役員から昇格し、日産自動車代表執行役社長兼最高経営責任者に就任した。ルノー出身で三菱自動車工業から転籍したインド人のアシュワニ・グプタCOOと日産生え抜きで長らく技術畑を歩んできた関潤COOが支える体制は「3頭体制」「トロイカ体制」と呼ばれた。当時の日産はカルロス・ゴーン前会長が東京地検特捜部に金融商品取引法違反等の罪で逮捕されたことや、先代の西川廣人代表執行役社長兼最高経営責任者が不正報酬問題で辞任したことの影響で経営が混乱していた上にブランド力も低下しており、業績が低迷していた。更に就任直後に関潤COOが突如辞任し日本電産に移籍するという事態が発生し、トロイカ体制は崩壊してしまった。また、その他多数の役員が日産を見限って他社に移籍し、まさに日産は泣きっ面に蜂といった状況下でCEOとしての任期がスタートした。

人物
車との関わり
車好きである。整備を自身で行い自らの手で塗装まで手がけ、ユーザー車検を通している。日商岩井に勤めていた際はマニュアルトランスミッション仕様のZ32フェアレディZを所有していた。彼が初めて購入した車であり、「日産の車は非常にワクワクする。」「スポーツカーは体の一部である。」と述べている。2020年にZのプロトタイプが発表された際には当時の彼がフェアレディZに乗っている写真が写し出された。車好きとしての原点は、漫画『サーキットの狼』であり、小学生時代に住んでいたエジプト・カイロの友人宅で、夢中で読みふけったという。その後中学2年生の時にマレーシアのインターナショナルスクールに留学した際は現地でアルバイトをして貯めたお金で中古のモトクロスバイクを手に入れた。日産へ入社した直後は商社時代に所有していた大排気量の輸入車を手放してマーチを購入し乗っていた。現在は中国に赴任する前に購入した日産の初代リーフに乗っている。

趣味
好きな食べ物はカレー、ワイン、シャンパン、パスタ、熟成肉であり、将来の夢はハワイにカレー屋をオープンすることだという。料理好きであり本人曰く「カレーを作らせたらちょっとうるさいです。」とのこと。普段のランチは自宅でサラダを作って持参し会社のデスクで食べ、コーヒーは自分で入れている。またギターを弾くことも趣味である。プライベートな時間では「イーグルス」の「ホテル・カリフォルニア」を弾いて楽しんでいるという。エジプトに住んでいた際は日本から持ってきたお菓子をめぐり兄弟と争奪戦を繰り広げていた。マレーシアにいた際にはアメリカンフットボールと水球、水泳に打ちこみ、水泳では住んでいた州の大会で1位になったこともある。

経営、仕事の姿勢
内田は仕事の信条として掲げる“尊重、透明性、信頼”を掲げており、それは37歳で入社し配属されたルノー日産共同購買本部で大切にされていた言葉だった。業績の悪化に歯止めがかからず状況が深刻になっていた最中に行われた2020年2月の株主総会で株主の怒号が飛び交う中、内田は「業績の改善が見えなくなった場合は、私をクビにしてください」と発言し、覚悟を示した。

経歴の一覧
1991年4月 - 日商岩井(現・双日)入社。
2003年10月 - 日産自動車入社。
2006年4月 - 日産自動車RNPO主担。
2012年9月 - ルノーサムスン自動車会社。
2014年4月 - 日産自動車プログラム・ダイレクター。
2016年11月 - 日産自動車常務執行役員アライアンス購買担当。
2018年4月 - 日産自動車専務執行役員、東風汽車有限公司総裁。
2019年4月 - 日産自動車専務執行役員、中国マネジメント コミッティ(MC CHINA)担当、東風汽車有限公司総裁。
2019年5月 - 日産自動車専務執行役員、中国マネジメント コミッティ(MC CHINA)議長、東風汽車有限公司総裁。
2019年12月 - 日産自動車代表執行役社長兼最高経営責任者。
2020年2月 - 日産自動車取締役兼代表執行役社長兼最高経営責任者。
2022年 - 日本自動車工業会副会長。
5 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2025年03月>
日 月 火 水 木 金 土
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031     

最近の日記

もっと見る