あなたの意識の成長と、長年もわたって先人たちが行っていた信仰上の儀礼とは、一体どのような関係性があるのかご存じでしょうか?
結論から言うと、ほとんどの信仰上の儀礼は、意識の成長を阻害します!
ホーキンズ博士によると、神への祝祭の儀礼を除くと、本当にすべてと言っていい程、それらの儀礼は意識の成長を阻害しているのですよ。
例外は、400を超えて計測される1つと500を超える2つだけ。
意識の成長を促す不思議な力を宿すものとは?
400台の迷宮、500を超えるロザリオと、マニ車だけなのですよ。
ですから、「お酒を飲んではいけない」、「何々を食べてはいけない」、あるいは、「どちらの方角は縁起が悪い」とか、色々な信仰上の決まりを信心深く守れば守るほど、あなたの意識の成長はますます停滞してしまうというのが、スピリチュアルの真実です。
どうして、そのようなことが起きるのでしょう?
信仰を守るためという執着こそ、意識の成長を妨げることになります。
人の成長を妨げる主な要因は、拒絶と執着です。
ふるくから伝わる儀式こそ、実はあなたの意識の成長を妨げているということ。
例えばホーキンズ博士は、1965年に700超のレベルに達しました。
その後、肉食をしてみたものの、意識レベルは下がらなかったと言います。
その理由について博士は、動物も人間に食べられることは、利己的行為によりカルマの解消を果たしているためと述べていました。
この宇宙は、エネルギー保存、質量保存の法則が適用されています。
ゆえに、すべての生物のカルマの解消の場でもあるため、人が生物を食すということは、その生物のネガティブなカルマの解消に一役買っているのであり、「あれを食べてはだめ」であれ、「これを食べてはだめ」であれ「これを飲んではだめ」であれ、いずれも信仰上の理由に執着すると、それは宇宙の法則に反することなるのです。ゆえに、その禁則されている信仰のすべてを放棄せねば、意識の成長を阻害してしまうのですよ。
博士は、悟りに近づく為には、好き嫌いをどんどん解消する必要性を説いています。
ブッダの『スタニパータ』にも再三にわたり、物と名札付けの両方への執着をやめなさいと説かれています。
これは「足るを知る」ことであり、また白黒、善悪、正邪の判断をせず、非難批判をしないことを説いている訳です。
博士は前世でもテーラワーダ(前座部/小乗仏教)の修行者として700を突破しました。本来なら、もう人類に戻る必要なないものの、戻ってきたということは、特別な使命をおびていたと『I: Reality and Subjectivity』に書かれていましたね。
それでも、博士はカルマに翻弄されました。
沖縄戦で、掃海艇に乗り組み、幾度となく生死の境を経験しました。
30以上の不治の病に悩まされます。
処女作『オーソモレキュラーサイキアトリ』は医学界と製薬業界に受け入れられず、診療所は破産しました。その結果、離婚を経験します。
さらに日曜大工では、左手の親指を切断してしまうなど、「人として困難な体験のすべてをけいけんさせられた」と博士が言うほどの波乱万丈の人生でした。
それでも、博士の思考や行動のすべてが意識レベル200以上であったため、「どのようなことがあろうと、私は自分のすべきことをしたのであり、またその結果に執着しなかったため、ストレスもなく、恐怖もなく、いつも晴れやかな心持ちだった」と『Success Is for You』に書かれています。
物事の結果に執着をせず、白黒、前作、正邪の判断をせず、非難批判をしない人生が、どれほど人にとって幸福なのかを、博士は証明しました。
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