■自民、夫婦別姓に懸念続出=「家族の一体感」など議論へ
(時事通信社 - 02月13日 08:01)
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ある光景が一瞬見えただけなのに、それがあたかもずっと昔から存在すると思えてしまう現象を哲学者ニーチェはパースペクティヴィズム(眺望固定病)と呼んだ。
夫婦同姓が日本の伝統だという話はこのパースペクティヴィズムの一種にすぎない。これが導入されたのは明治民法が制定されてからであって、後付けで、夫婦同姓は家族の紐帯だとか絆の礎だとか言ってるだけだ。江戸時代においては、姓の使用を許されたのは武士階級だけであり、それ以外は許されていなかった。しかも武士の妻は、実家の姓を使用するものとされていた。
姓があろうがなかろうが、姓が同じだろうが異なろうが、夫婦の紐帯や絆というのは夫婦間の心の有り様の問題であって、同姓だから異姓だからそれらが強くなるとか弱くなるとかいう話ではない。
要は、一組の男女のカップルが結婚するときに同姓にするか、異姓にするかは、本人達の自由意思で決めればいいというだけの話であって、これを家族の紐帯だとか絆だとかと結びつけて議論するのは、おかしい。
こんなことに懸念が出るなんていうのは何を考えているんだか…。
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