mixiユーザー(id:9389954)

2024年12月10日09:20

76 view

「HOWマッチ」、「とくダネ」……、「師・大橋巨泉の薫陶を受けた」人だった。

■小倉智昭さん 死去 77歳 所属事務所の関係者が明かす フジテレビ「とくダネ!」のキャスターなどで人気
(TBS NEWS DIG - 12月10日 04:35)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=266&from=diary&id=8126686
フジテレビの「とくダネ」などで知られるフリーアナウンサーの小倉智昭が9日午後、都内の自宅で亡くなった、ですか。秋田県の生まれで獨協大学を卒業後、昭和45年に東京12チャンネル(テレビ東京の前身)のアナウンサーとして主にスポーツ(競馬)の分野で活躍、その実況ぶりに高い評価があった一方、局内で様々衝突もあったらしく、昭和51年に大橋巨泉(1934〜2016)の事務所に入って、今で言うところの「フリーアナウンサー」に転身。しかし、当時の放送業界では活躍の場は限られ、昭和58年にMBS(毎日放送)で放送を開始した大橋巨泉MCの「世界まるごとHOWマッチ」で担当した出題のナレーションで脚光を浴び、文化放送の朝や昼などの帯ワイドのラジオパーソナリティとしても人気を博すほどになりました。「世界まるごとHOWマッチ」は大橋巨泉のMC、石坂浩二とビートたけしと言う好対照のキャラクターのレギュラー解答者の存在と共に、出題者として、そのコンパクトで「七色の声」と称された変幻自在のナレーションは番組名物となり、「1秒間に18文字の原稿を読める男」との異名と共に、ほぼこの番組でその存在感を高めた感がありました。
「世界まるごとHOWマッチ」や文化放送での活躍が評価されてか、フジテレビでは平成4年から「ジョーダンじゃない!?」、「どうーなってるの?!」と言った昼前の帯ワイドを経て、平成11年に一つ前の時間帯(朝の8時00分開始)の「とくダネ」(正式には「情報プレゼンター とくダネ!」)のMCとなって、これを22年務めたのが実質的な「代表番組」となったと思います。芸能中心だった従前のワイドショーの形式から政治や時事問題など多種多様な話題を取り上げるそのスタイルと共に、オープニングトークから独自の視点のコメントで話題を集め、その頭髪から「オヅラ」と揶揄されるほどの賛否両論を集める“問題発言”でも注目を集めました。そのスタイルは、師である大橋巨泉の“流儀”を丁寧に履行している感じで、まさにその薫陶を受けた印象がありました。
平成28年、「とくダネ」内で初期の膀胱癌であることを公表、5月に手術を行って復帰するも、癌細胞が筋肉質まで入り込んみ浸潤、これを切除し切れず医師から全摘を勧められたようですが、当時の取材で「主治医に全摘を勧められました。転移したら手遅れになると言われました」とするも、「クオリティーライフが落ちるのがいや。膀胱にパック、ゴルフ場でお風呂に入れないのも。何とか温存する方法を勉強しました。その治療法で転移せず、落ち着いています」と語り全摘を回避、2年後に激しい出血があって入院し止血手術をし、膀胱炎の併発が認められたことで膀胱を全摘、後年、「性機能が低下するので“男としての未練”があって、2年半先延ばしした。それが間違いだった」と語っていたようです。自身のその癌の闘病を逐一テレビ等で報告する姿は、「とくダネ」終了を挟み、その晩年の活動の“象徴的な姿”でした。
「しがみついて生きる生き方はしたくない。頑張って治したい。でも寿命は自分で決められない。だから考えがしっかりしてきた。何年、生きられるか分からないけど、充実した生き方をしたいと考えるようになりました」とのコメントを遺したようですが、昨年9月に大量に血尿が出て11月に左の腎臓の全摘手術を受け、ステージ4の腎盂癌と判明、今年に入ってすぐ、「余命は1年半。3年生きる可能性は8%ない」と宣告されたようですが、12月に入って病院での治療の限界を示され、自宅療養に転じ、程なく亡くなったとか。享年77。合掌。
0 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2024年12月>
日 月 火 水 木 金 土
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031