■声優の声を使った生成AIの広がりに日本俳優連合が危機感 「努力の盗用」「目に余る」 文化庁にも意見、問題意識の共有訴えた投稿も反響
(まいどなニュース - 02月27日 07:00)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=262&from=diary&id=7764929
生成AIも使い方だろうと思うが、例えば
「障害を持った人が自分では描けないから何通りもの絵をAIに作ってもらって自分のイメージに合うものを作品にした」
それが排除の対象になるのは本当に良いことなのかどうか?考えてもらいたい。
例えばボーカロイドですら未だにインチキ呼ばわりする人もいる。
そうなるとパソコンで音楽を作ることもいけないことになる。
ボーカロイドの技術は楽器の代わりに歌声を入力するものなので全然問題はないが中には「人間が歌っていないのにアーティスト気どりするのがイヤ」とか「演奏も出来ないくせに音楽なんかやるな」とかいう話も聞く。
しかし人の創作の可能性を狭いものにしてしまうと裾野は狭くなりジャンルにおける層が薄くなってしまう。それが良いこととは思えない。楽譜が読めなくとも、歌を歌うのがヘダだろうとも、楽器が演奏できなくとも、可能になる社会は悪いこととは言えない。
その延長線上がAIだと思う。頭の中にこういう絵、音楽はあるのだけれども自分ではその再現能力がないからAIにお願いしたいという考えだ。
絵を描くにしても頭の中のイメージを紙に、PC上に再現できない人は絵を愛してはいけないのか?AIの力を借りて支援してもらうことはダメなのか?そこに敷居を作ることに意味があるのか?という問い。
歌ってみたというのもその延長線にあるのだと思う。
知名度を上げるとか、話題になることで注目されるのは二次作品で利用されるのがそんなに悪いことなのか?と思う。そこに収益が絡んでくるのが問題だと思う。
それとAIによって声優や俳優、それらに携わる人々が仕事を失うのも良くない。
結果的に社会に仕事をして稼ぐという幅が少なくなれば社会は小さくなってしまう、元の会社も経営できなくなるからだ。資本主義や人々の消費のメカニズムを破壊するような使われ方をするのは良くない。ここをしっかり分けておく必要があるのだと思う。
AIが絵を描こうが最終的な選択は人がやる。そこを人がやるなら問題はなかろう。
技術の程度によって差別される必要もなく、その技術力も持って生まれたものの程度はそれぞれ違う。始めからセンスを持った人と数万年努力してもそこにはたどり着けない人もいる。でもそこに「おまえは才能がないのだからやるな」といえるだろうか?
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