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2024年02月24日14:42

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プロコフィエフ他『交響的協奏曲他』(ロストロポーヴィチ,小澤,LSO)

【収録曲】

1 プロコフィエフ:チェロとオーケストラのための交響的協奏曲 ホ短調 Op.125
2 ショスタコーヴィチ:チェロ協奏曲 第1番 変ホ長調 Op.107

 ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(チェロ)
 ロンドン交響楽団(管弦楽)
 小澤 征爾(指揮)

1987年11月,ロンドン
ERATO WPCS-22184(セッション)


ロストロポーヴィチと小澤征爾指揮のロンドン交響楽団が演奏するプロコフィエフの「チェロとオーケストラのための交響的協奏曲」とショスタコーヴィチの「チェロ協奏曲第1番」が収録されたCDです。プロコフィエフの交響的協奏曲もチェロ協奏曲と言いきっても大きな間違いではないでしょう。もちろん,交響的協奏曲のオーケストラ・パートは協奏曲にしては充実しているけれど,主役はあくまで独奏チェロで,管弦楽は独奏を支える役割。

両曲とも1950年代の旧ソ連を代表する作曲家によって書かれた。プロコフィエフもショスタコーヴィチも50年代ロシアの音楽家という以上に,20世紀の前半に大きな足跡を残した作曲家という方がふさわしいだろう。また,天才チェリストの名をほしいままにするロストロポーヴィチのためのに書かれた曲でもあり,彼に献呈されている。

2曲とも似た背景を持つ楽曲だが,その性格は対照的と言ってもいいほど異なる。プロコフィエフの交響的協奏曲は叙情的な側面が目立つ一方,ショスタコーヴィチのチェロ協奏曲はベートーヴェンのような動機労作が支配的な音楽。

ソリストのロストロポーヴィチは,2曲の性格的な相違を把握し鮮やかに描き分けるとともに,チェロをまるでヴァイオリンのように自由自在に操るテクニックをも存分に発揮する。また,小澤征爾が振るロンドン交響楽団もコンチェルトの伴奏に徹し,縁の下の力持ちの役割を見事に果たしている。いろんな意味で聴いておくべきアルバムと言えそうだ。

プロコフィエフが交響的協奏曲を作曲するきっかけを与えたのは,ロストロポーヴィチがこの作曲家のチェロ協奏曲第1番を演奏したこと。プロコフィエフのチェロ協奏曲第1番は,超人的な技巧を持つロストロポーヴィチが演奏するまで理解されることがなかった。意を強くした作曲家は,この曲を改作したいとチェロ奏者に申し出でる。そうして出来たプロコフィエフのチェロ協奏曲第1番の改訂版がこの交響的協奏曲である。

ショスタコーヴィチのチェロ協奏曲と比較すると,交響的協奏曲は叙情的な作品であるといえる。第1楽章は独特な味を持った抒情性が際立つ。第2楽章も美しい旋律が特徴の雄弁で技巧的な音楽。第3楽章も絶え間なく変化する変奏は多彩かつ華麗。もちろんプロコフィエフの作品なのでロマン派の抒情性とは異なるが,この作曲家あるいは20世紀初頭のソ連の音楽にしては感情に訴える要素が強い。いうまでもなく協奏曲が備えるべき技巧的性格にも事欠かない。

ロストロポーヴィチのチェロは,随所で待ち構える難しい箇所を持ち前のテクニックで華麗に切り抜けつつ,この曲の持ち味である抒情的な音楽にも配慮を怠らない。プロコフィエフ独特のメロディーを鮮やかに描く。ロシア風の悲しみを帯びた旋律を深い共感を込めて表現する。ロシアの演奏家でなくては,この作品の土俗的な味わいとロマン派以降の美学が入り混じったメロディーをバランス良く奏でるのは難しいだろうという気がする。ロストロポーヴィチはそのメロディーに豊かな和声を付け加えるような離業をさえやってのけるような印象も与える。旋律に和声を付加するといっても,実際のところメロディーを豊かに響かせているだけなのだろうが,チェロ・パートがオーケストラ・サウンドにも匹敵するように聴こえてくるくらい豊かだ。

通常の協奏曲と比べるとオーケストレーションは充実しているものの,管弦楽はチェロ独奏の引き立て役に徹している。チェロ・パートの充実に貢献しつつ,チェロ独奏のヴィルトゥオージティを目立たせることさえやってのけているようでもある。

ショスタコーヴィチがチェロ協奏曲第1番を作曲したきっかけは,プロコフィエフの交響的協奏曲を聴いて,ロストロポーヴィチのために同じジャンルの曲を書こうと思い立ったこと。ベートーヴェン的な作曲技法が駆使されたショスタコーヴィチのチェロ協奏曲第1番もチェロの巨人に献呈された。曲全体を統一する動機は第1楽章冒頭のチェロ・パートに現れるシニカルな四つの音。この楽章では変形を経ながら木管など各所に顔を出す。第2楽章は抒情的な音楽。チェロが静かな歌を深い感慨を込めて歌う。第3楽章は第2楽章のカデンツァが独立した,とても長い5分ほどのカデンツァ。第2楽章の歌も第3楽章のカデンツァも第1楽章の動機から派生した音型。第4楽章はロンド・ソナタ形式で,第1楽章の動機が誰にでも分かるように再現される。

ショスタコーヴィチのチェロ協奏曲第1番では,ロストロポーヴィチは全身全霊で主題労作を表現する。同じ音型から派生した音楽と各楽章での必要な変形をさせた音楽とのバランスをとりつつ,楽曲の統一感と楽章ごとのフレーズを巧みに表現する。感心するのは,かなり人工的な要素が強い作品でありながら,音楽に最小限必要な要素を兼ね備えた音楽として表現する技量である。20世紀の製造業の工場を思い起こさせる音楽の要素と,それでも音楽としての存在を全うしようとする要素のせめぎ合いが面白い。おそらく20世紀のソ連で生活する音楽家として,ロストロポーヴィチはショスタコーヴィッチの内面を深く理解していたのだろう。彼を凌ぐ演奏技術を持ったチェリストが登場することはありうるだろうが,ショスタコーヴィチの内面に深い共感を寄せるチェロ奏者は二度と現れないかもしれない。

オーケストラの伴奏に関しては,基本的にプロコフィエフの作品の場合と変わらない。ショスタコーヴィチのチェロ協奏曲第1番の演奏では,やはりオーケストラの巧さが印象的だ。舌を巻くような離業が頻出するわけではないが,超一流のオーケストラと指揮者ならではの演奏を堪能できる。

先日,小澤征爾が逝去したとの報に接した後,このCDを推すメッセージをSNSで目にした。小澤が振るコンサートやオペラにやや複雑な感想を持っていたが,このアルバムには彼の好ましい面が残されているように思った。
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