“サラ・コナー”リンダ・ハミルトン、「ターミネーター」復帰に興味なし
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「もう十分。それ以上言うことなんてないわ。ストーリーは語られたし、飽きるぐらい何度もね」
これがすべてだと思う。
役者も漫画家もミュージシャンも歴史に残る足跡を残してしまうとそれに縛られ、比較される。特に俳優は有名な作品で名を挙げてしまうと他の作品へのオファーが来にくくなったり特定の作品のイメージで括られてしまう。
漫画家も人気作品になってしまうと生涯その作品と生きて行くことになる。他のことを考える余地を与えてくれない。
声優もそういう風に言われていたが最近はそうでもなさそうだ。
前のドラえもんの声の大山のぶ代もザンボットスリーとかの声もやっていたがドラえもんのイメージが付いてしまうと他の作品への登用がなされなくなった。これは良いことなのか悲劇なのか難しいところだ。
音楽もね、一発屋とか言われてしまうね。でも一発でも当てるのは難しいことなのにそれ以上続かないとそうやって揶揄される。
だったら言っている人も当ててみろと言いたくなるだろう。それに前にも書いているがどんなアーティストも芸能人という別の生き物のような認識でいる人が多いが、彼らだって等身大の人間だ。そうやって区別され、白黒つけられるいわれはないはずなのに。
名前が売れてしまうとそうやって批判されるリスクも上がる。
彼女も毎日のようにターミネーターのことを訊かれもう散々なのだろう。何があってもそう言われる。
自分を生かすことが難しくなって時が過ぎ、どう思っているのだろうか?やはり違ったものもやってみたいと思うのが心情ではないだろうか?
こういうある種の縛りというのは見えない牢獄に入れられているようで人間の生涯として見た場合、幸か不幸か分からなくなる。
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