元女優・若林志穂さん性暴力被害を告白「ミュージシャンNさんから…」過去にドラマ共演者から
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若林 志穂(1971年9月6日- )は、日本の元女優。東京都新宿区出身。板橋区立志村第二中学校卒業。デビュー当時は市川晃一事務所、その後太田プロダクションやサンミュージックブレーンに所属していた。
1983年、小学校6年生の時に、日本テレビの「★憧れ!花★夢★星★ −タモリの− キラキラ美少女コンテスト」でグランプリ。 1984年、中学1年生の時にレブロン・アクアマリンイメージガールのオーディションにて優勝し、芸能界入り。1985年2月には「テレフォン・キッス」でアイドル歌手としてもデビュー。その後、歌手と並行しつつ女優としてのキャリアも重ねる。
1988年4月にTBS系『新まんがなるほど物語』にお姉さん役として出演。
1991年、TBS系ドラマ『天までとどけ』の長女(待子)役で人気を博す。
1999年、ヌード写真集『S』発売。
2001年8月26日、舞台の稽古場に向かう途中の世田谷区で刃物を振り回す犯人の男と止めようとした警察官が争い犯人は射殺され、その警察官も刺殺された殺人事件を目撃してしまい、その精神的ショックから芸能活動を休止する。その後サンミュージックブレーンと契約して女優業に復帰するも、2008年8月に『天までとどけ』で共演していた金杉太朗(2番目の弟・公平役)が事故死したのをきっかけに再び体調を崩し、「休養が必要」として2009年5月にサンミュージックブレーンとの契約を解除されたと同時に芸能界を引退。
芸能活動引退後、2010年9月6日に化粧品ブランド「S」をプロデュースする。
2020年4月23日、『天までとどけ』で母親役として9年間共演した岡江久美子が新型コロナウイルス感染による肺炎で急逝した際には久しぶりにメディアのインタビューに応じ、追悼の言葉を述べている。
2023年9月、自身のTwitter開設。同年11月12日、自身のXにて、ライブ配信。学校時代に髪を切られる、撮影中の窃盗犯疑惑、仕事に行く途中に遭遇した殺人事件や、共演者による、薬物、監禁、レイプ、暴力などの辛い経験が重なり、複雑性PTSDになったことで、芸能界からの引退のきっかけになったことを告白した。
2024年1月15日の自身のXの投稿で、厚生労働省指定の特定疾患である脊柱管狭窄症を罹患していることを公表した。
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