「モンゴリアンチョップ」キラー・カーンさん死去、76歳 経営する居酒屋で意識失い…動脈破裂のため
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=54&from=diary&id=7693986
この書き始めだけど 私とカーンさんは面識はない。
だから思い出なんて おこがましいのだけど。
1981年高校1年生の頃からプロレス熱に火が付き、静岡県の会場に足を運ぶようになった。
1982年新日本MSGシリーズ 清水市鈴与記念体育館
自分はこのこの頃から猪木信者を卒業?して 国際軍団と新日本の中堅レスラーを応援するようにしていた。自分が当時注目していたのは長州力、まだ革命以前の時代。
星勘定はぱっとしないが、あの前から突進していくスタイルが大好きだった。
だがこの大会では怪我による公式戦不戦勝が多かったとはいえ最下位の4点(アイアンシークも同率)新人の谷津が17点という散々な結果に終わっていた。
自分は鈴与の試合あと 興奮のあまり放送席に歩みより 古館さんに「いつも応援しています。もっと長州さんの試合をTVで放送してください」と場違いなお願いをしてしまった。でも古館さんは優しく「貴重な意見ありがとう、長州さんは怪我が治ったばかりで今は本調子じゃないけど、必ずメインイベンターになれるよ」と言葉をかけてくれた。
その 翌々日
蔵前国技館
自分は また試合後に放送席に乱入し(笑)「古館さん 清水で声をかけた者です。いやー今日の長州さんいいところなかったですね」と話しかかけたら さすがにびっくりしていた。古館さん 驚いた表情でした。この日は流石に取り巻きが多いから、清水のような雑談は無し。
さてさて やっとこキラー・カーンさんのお話。
自分が蔵前のチケットを購入した時は猪木対アンドレ・ザ・ジャイアントの決勝戦がメインイベントの予定。
でも 紆余曲折あり
キラー・カーン対アンドレ・ザ・ジャイアントのメインに変更。
この話しの続きはカーンさん本人のブログよりコピペします。
もともとは猪木さんとアンドレが決勝で闘う予定だったのに、猪木さんが負傷欠場して俺はその代役でした。だから正直に言えば、最初は“とにかく長い時間リングに立って、できる限りの試合をしよう”と思っていたんです。
だけど試合が進むうちに、俺がアンドレに対抗できたのもあって、お客さんから「小沢、小沢」ってコールが起きてね。それで闘志が湧いたのを覚えていますよ。
もともとは猪木さんとアンドレが決勝で闘う予定だったのに、猪木さんが負傷欠場して俺はその代役でした。だから正直に言えば、最初は“とにかく長い時間リングに立って、できる限りの試合をしよう”と思っていたんです。だけど試合が進むうちに、俺がアンドレに対抗できたのもあって、お客さんから「小沢、小沢」ってコールが起きてね。それで闘志が湧いたのを覚えていますよ。
同年のMSGシリーズは全14選手による総当たり戦で、リーグ戦のトップ通過がアンドレ、2位が猪木だった。しかし、猪木はシリーズ中のアンドレ戦で左ひざを痛め、さらに決勝前日、テキサス・アウトローズの攻撃により状態が悪化。当日棄権となり、3位のカーンが繰り上がりで決勝に臨んだ。アンドレの足狙いで攻勢に出たカーンは、チョップの連打でぐらつかせるなど見せ場をつくったが、最後はアンドレがヒップドロップで勝利を収めた。
ここでコピペはおしまい
自分も無論 小沢コールには参加しましたよ。凄い試合でした。
この後、キラー・カーンさんとアンドレさんとの間に涙のでるエピソードがあるけど、それはまた別の機会に。
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