ということで、先日の宮城旅行の続きを書きます。
食事を摂って荷物を回収した後、バスの時間が迫ってきたので、
近くの「登米三日町」バス停へと向かいます。
こちら側のバス停は、東日本急行の「とよま明治村」バス停と同じ場所で、
仙台へ直行できる主要なバス停ということで屋根も付いています。
屋根の下にあった東日本急行のバス停看板(道端と別にある)とバス停のベンチは、
登米市産の木材を利用しているらしく、FSC認証まで取ったみたいです。
仙台行きのバスは、通勤通学や東北大学病院などへの通院に合わせて朝からバスが出ていますが、
柳津駅方面のバスは、これから乗る12時53分のダイヤが始発となります。
柳津駅方面行きの登米市民バスがやってきました。
お客は他に4人。
このバスの運転手さん、随分はきはきした口調で丁寧にマイクアナウンスを入れるのが印象的で、
降りる時に運転席の脇に奥様と思われる方の写真が。
こういうあたりで仕事に望む心構えが違うのかな、と感心しました。
首都圏とかの大手での勤務経験があるのでしょうかね。
10分少々の乗車で、登米から柳津駅に戻ってきました。
今度は乗り継ぎ時間が25分もあるので、ちょっと駅を観察する余裕があります。
駅舎はこれもおそらく地元材の利用促進なのか、ログハウスになっています。
以前は係員を配置していたみたいですが、現在は無人駅です。
駅の気仙沼寄りは、志津川・気仙沼方面のBRTバスの発着場に変わっていました。
鉄道の駅は一応島式ホームなので、跨線橋が残されてはいますが、
ホームとバス乗り場が直結しているので、若干の回り道になりますが地平で駅前まで出られます。
ただ、現在は柳津駅〜志津川駅間の自動運転化対応工事とその試験走行のため、
この乗り場を使わず駅前広場発着にしています。
https://mackerelline.web.fc2.com/tabi/2014summer/2014sanriku-top.html
ちなみに、2014年の夏にこの駅を訪問した際は、駅の気仙沼方面はこんなでした。
鉄道時代は1日2往復、気仙沼と仙台を直結する快速『南三陸』が2往復あって、両都市間を2時間少々で結んでいましたが、
東日本大震災で運行停止になって現在に至っています。
跨線橋から駅構内を眺めてみます。
線路は駅舎側の1本だけになり、ホームの気仙沼寄りで断ち切られてそのままBRTのホーム、専用道に繋がっています。
訪問時は、丁度自動運転のテストを行っているのに遭遇しました。
新型いすゞエルガハイブリッドの自動運転対応車両が、朝ここに降りた時からずっといたのですが、
そのバスが先導車を先に走らせて、しばらくして専用道へと消えていきました。
さて、気仙沼線の列車が到着したので、乗り込みます。
実は朝乗ったのと同じ車両で、小牛田駅にある車両基地への出入りも兼ねているのか、そのまま石巻線直通の小牛田行きでした。
お客は柳津駅発車時点で他2人、それと陸前豊里駅でひとり乗っただけで、
これが全てでした。
柳津駅から乗った2人は、どうもよそ者っぽい気がします。
前谷地駅で、すぐ接続する石巻線の女川行きに乗り換え、早朝から使っている「東京都区内→女川」の乗車券の経路に復帰します。
前の車両は、キハ110系でも最後に投入された比較的新しいものでした。
もちろんワンマン運転で、お客は他に7人。
そんな惨状でしたが、宮城県北部最大の都市の玄関口・石巻駅では、ほぼお客が入れ替わり、大勢のお客が乗り込んできました。
(といっても発車後数えてみたら2両で20〜30人程でしたが)
石巻線は非電化ながら、製紙工場?へ出入りする貨物列車が設定されています。
駅の奥では、新しいDD200型の機関車が前後に連結位置を付け替える作業か何かをやっていました。
(貨物線が仙石線の途中から分かれるようなので、付け替え作業が必要になるようです)
石巻駅を発車し、列車は東へと進みます。
それなりに乗っていたお客は、渡波駅と万石浦駅でかなり降りてしまいました。
万石浦駅から浦宿駅に掛けては、万石浦という内海?の岸辺を走ります。
水面を見ると、カキでしょうか、多数の養殖筏が目に付きました。
浦宿駅からトンネルを抜け、少し登って、列車は終点の女川駅に到着しました。
再建された女川駅は、行き止まりの棒線で、震災前は駅の隣にあった『女川温泉ゆぽっぽ』と合体した大きな駅舎が立ち塞がるように建っています。
一応駅員さんがいて、改札を抜ける際に「東京都区内→女川」の乗車券を渡し、駅前へと出ました。
女川の街の様子などは、また後日に。
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