「死刑」と「無期懲役」は大違い! ムショ志願の小島一朗も「100%後悔する」と断言できるワケ
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青葉が100年に一人のオカシイ奴と思わない方が良い。昔に比べてもこの手の事件は増えている。大体、犠牲になる人数も1回の事件にしては多すぎるというのも傾向だろう。
「誰でもいいから」
根底にあるのが居場所が無いからというのであればそんな人は無数に居る。
日本は治安もよく、医療も受けやすく行政サービスが充実しているというが外国に比べて致命的にダメなことがある。
「チャレンジするなら死か勝利か」だ。
アーティストも漫画やアニメもドラマも学校でもよく「夢を大切に」という。
夢を持ちそれを目指して頑張る姿は美しいと言うのだ。
真に受けてチャレンジしても1万人に1人くらいしか成功しない。
それが現実。
大方、無理は承知でチャレンジしている人も多い。ダメ元で。
ところがそこで生まれるほとんどの「敗者」に対してはサポートなど存在しない。
再起を掛けて再就職と言っても「何やってたの?」と聞かれ30も過ぎて10年も夢を追いかけていました、と言ったら「そんなお花畑な人はいらない」と。
欲しいのは指示に対して軍隊のように忠実に言うことを聞く兵隊だ。
日本に企業はまだまだそういうところが多い。特に2,3代目の中小企業は。
そういう人たちは夢を追いかけたばかりに同級生が出世コースをたどる中、時間の流れのよどみの中で孤独な日々を送る。
「そりゃあ、仕方が無かろう、夢を追いかけたんだから代償は払わなきゃあ。」
それが日本の社会。前向きに生きようとしても大半の人はよどみの中でもがいている。
しかし、困った人に手を差し伸べないのも日本社会の特融で、自分が困っていないから、他人のことなど関係ない、自分が楽しければ他はどうだっていい。
これが日本の現状だろう。
昔はおせっかいで困った隣人も多かったが、それなりに付き合いもありいろんな問題を抱えていても負い目を感じることもなく適当に楽しいコミュニティも存在したが今はどうだろう。
個人主義、個の尊重を強調しすぎるがためになんでも自己責任と言って放置されてしまう。国もそういう人々に対し何も手を差し伸べないからよどみの中で孤立が続き、最終的には爆発、多くの人を巻き込む事件に。
頑張らなくてもいい社会でないがためにそこからはじかれた人はよどみの中に蓄積される。「当たり前じゃないか、みんな頑張っているのに頑張らなくても良いことが良いわけがない。」それでも頑張れない人はどうすればいいのでしょうか?
自殺でもしろと言うのでしょうか?
それが日本が救いのない社会だと言う根拠になる。
30年前ならともかくもうすぐAIが人の仕事を奪っていく時代になる。一部の強い会社の経営者と少数の従業員しか生き残れない時代。
よどみな中で苦しむ人は増えていく。放置していいはずはない。放置していたら、「自分が困っていないから、他人のことなど関係ない、自分が楽しければ他はどうだっていい。」と楽しく生活していたら突然、凶行の餌食になってしまうかもしれない。
青葉がしたことは許されるべきではない。これを二度と起こさないためには頑張れない人は頑張らなくても楽しく生きていける社会を作らないといけない。
アホな考えと思うかもしれないが、江戸幕府だって倒れ、近代化した時代はチョンマゲを切るなんて気が触れているという時代だ。柔軟性を持たなければ新しい社会の構築も、素晴らしい日本も失われるだろう。
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