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2023年05月18日23:24

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微妙な違和感

■「核兵器は人類の大きな敵」=サミット前に被爆者団体が会見―広島
(時事通信社 - 05月17日 21:30)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&from=diary&id=7414841
私は原爆の被害者をどうこういうわけではないが、彼らの話を聞いていると違和感を感じる。何に感じるのかというと原爆が悪いと言いながらアメリカが悪いという感じを醸し出している点だ。私は原爆を投下したアメリカを悪と思っていない。なぜなら被爆者も誰も語らない「当時の日本の状況」だ。

どんな状況でしたか?
「軍の言うことは正しく、一億層特攻で日本人全員が死ぬまで戦います。」という状況。
アメリカはこの状況(女も竹やりを持って戦う姿、小学生にも戦闘訓練をさせている)に「日本に民間人は居ない」と言わしめたのだ。

原爆投下のその日も動員で働いていた人も多い。それは普通の生活ではなくアメリカを倒すための活動にほかならない。そんな状況下で日本各地が空襲で焼け野原になっても誰もこれはおかしいと声を上げたものが居ない。居てもそれが政権を転覆させる運動になっていなかったら「ない」のと同じだ。

原爆の被害者には申し訳ないが、投下当日の朝8時まではアメリカを倒す意思を持って生活していた事実があったことを隠して語ろうとしない。女子供を容赦なく焼き殺したとかこんな被害が出る原爆はあってはならないという(これは正しい主張だが)論点のすり替えともいえる。

要するに日本人に足らないのは今もそうだが「勇気」だ。
戦争が劣勢になって日本各地で被害が出始めた時、「何かがおかしい」と思っている人は多くいたはずだ。その当時でも日本は民主主義だ。政権を変えようと思えば法律的には変えられる状況だったがそれをしなかった。国民としてそれを選ばなかった。もし、軍に対する反乱で内戦になっていたらアメリカは反乱軍に武器を渡し、日本人の手で正常な方向へ正すプロセスを応援しただろう。被爆者も含めそういう勇気がなかったことを語ろうとしない。ここでもその「勇気」がないのだ。

軍事政権下でもおかしいと思ったら抵抗する「勇気」
当時、それに抵抗する勇気がなかったことを語る「勇気」

こういう話をすると「あの時代はそういう時代だったからどうにもできなかったんだ」と言う人がいる。これも責任逃れだ。どうにもできなかったのだから原爆投下があっても仕方がないといわれるだけだ。

そんな中で勇気を奮った人がいた。昭和天皇だ。天皇ですら当時は軍の変調情報によって正しい判断は難しいことだったろうが、最後は命がけで戦争を止めさせた。
天皇は勇気を奮って日本のために止めた。確かに当時の軍の指揮権は天皇にあったと言える。もっと早くしておけば・・・という人もいるだろう。しかし、天皇はもっと前から戦争が思うようにいっていないことを察知し、戦争を終わらせることを主張していた。

これも軍の抵抗によって政治的に排除されたりもした。
天皇が勇気をもってこの戦争を終わらせていなければ日本はもっと酷いことになっていただろう。

勘違いしないで欲しいが原爆が正しいとは言わない。しかし、少なくともアメリカに原爆投下を躊躇させない態度をとっていたのは日本である。日本国民であり、軍であり。
その国民も軍政下でそれに協力、追従していたのだから姿は女工でもやっていることは軍事協力だ。「民間人がいない」という判断をしない理由がない。そう思わせたのは何度も言うが日本人の態度だ。

もともと勝ち目のない戦争だと軍人ですら思っていたのに始めてしまったわけで、それなら早い段階でその時が来た(敗戦)と多くの人が思っていたはずだ。

なので原爆投下を非難するのは良いが、その裏に自分たちの勇気の無さも添えるべきなのだ。しかし、そこが抜けている。違和感の原因はそこだ。

勇気の無さ、戦後80年が来ようとしているがメディアも含めその検証ができていない。

今はどうだろうか?
長いものに巻かれるのは楽だ。当時の人もそうだった。間違いを間違いと言えない勇気の無い人々。それは今の日本でどうだろうか?

ロシア。あのロシアでも太平洋戦争中の日本人の心理と同じ状況になっている。長いものに巻かれていた方が楽だから。しかし、彼らには召集令状というものが届くようになるから他人ごとではなくなる。
そして、その中でプーチンのやっていることに反抗してウクライナ軍として戦うロシア人もいる。太平洋戦争中にそういう日本人が多くいたら原爆投下はなかったかもしれない。
そういう意味では一部のロシア人の中に「勇気」を持った人がいるということになる。

日本ではどうか?国民として正しい判断ができるか?国を揺るがす「これはおかしい」ということに反対する勇気があるか?

原爆投下を非難する話の裏にある違和感の正体は「勇気」の問題である。
それを認識しなければならないし、一言付け加えなければならない。
日本人は結果として誤った道を選択した。原爆投下に至るまでに多くの間違いを起こしている。原爆の使用はあってはならないが、それに至るプロセスを見つめなおすことも必要だろう。幸いなことに戦後から今まで世界の指導者と民はそういう間違いをおかしていない。

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