【収録曲】
1 アレクサンダル・シシッチへのオマージュ[セルビア]
2 フリストフスキー:マケドニアの娘[北マケドニア]
3 トラディショナル:ジェレム,ジェレム[ルーマニア]
4 陳鋼&何占豪:バタフライ・ラヴァーズ[中国]
5 ファリャ(クライスラー編):スペイン舞曲[スペイン]
6 ガムリエル&シェレム:ダビデ王[イスラエル]
7 トラディショナル:ムンドラ・ミャ(親愛なる君へ)[ヴラフ]
8 ボンファ:カーニバルの朝[ブラジル]
9 ミュレナ&コロンボ:アンディフェランス[フランス]
10 トラディショナル:ジャン・カリニャンへのオマージュ[ケベック/アイルランド/スコットランド]
11 トラディショナル:竹田の子守唄[日本]
12 ペレス・プラード:マンボ(マンボNo.5&No.8より)[キューバ]
13 ソロヴィヨフ=セードイ:モスクワの夜はふけて[ロシア]
14 ガルデル:ポル・ウナ・カベサ(首ひとつの差で)[アルゼンチン/オーストリア/イタリア/ギリシャ]
15 ヤドランカ・ストヤコヴィッチ:あなたはどこに[ボスニア]
16 ドガ:ジプシーは空にきえる[モルドバ]
17 トラディショナル:カチュール・カーン[インド=ラージャンスターン州]
ネマニャ・ラドゥロヴィチ(ヴァイオリン)
ドゥーブル・サンス
クセニャ・モロセヴィチ(ヴォーカル)
ミロシュ・ミハイロヴィ(ヴォーカル)
クリスティナ・アタナソヴァ・ラドゥロヴィチ(ヴァイオリン)
ティアナ・ミロセヴィチ(ヴァイオリン)
アレクサンダル・セドラー(ギター)
アレクサンダル・セドラー(編曲)
ネマニャ・ラドゥロヴィチ(編曲)
2021年5月24〜28日,Kolarac Concert Hall,ベオグラード,セルビア
EAN 0190296198397(セッション)
「ルーツ」はセルビア生まれのヴァイオリニスト,ネマニャ・ラドゥロヴィチがリリースしたワールド・ミュージックのアルバム。西欧で発展したクラシック音楽の周辺に位置する民俗音楽のコレクションと言い換えてもいい。ワールド・ミュージックとクラシック音楽は深いところで繋がっていて,クラシックはワールド・ミュージックの一部が発展し,洗練されて出来上がった,と考えることもできる。ワールド・ミュージックという切り口から,音楽の原点そのものに迫ろうとしたのだろう。
ラドゥロヴィチはドイツ・グラモフォンから「パガニーニ・ファンタジー」,「ジャーニー・イースト」,チャイコフスキーの「ヴァイオリン協奏曲」,バッハの「ヴァイオリン協奏曲」などをリリースし,現在はエラートに在籍。「ルーツ」はこのレーベルからの第1弾。
ラドゥロヴィチがこのアルバムを制作するきっかけを与えたのは新型コロナの世界的な蔓延。次から次へと演奏会が中止される間,彼は自室に籠って一日中音楽を聴く毎日を送っていた。彼の心に最も響いたのはモーツァルトとワールド・ミュージックだったという。ワールド・ミュージックがクラシック音楽の原型,いや音楽の原点に聴こえたのだろう。音楽の根源に近いところで生まれたジャンルであり,多様性にも事欠かない点にひかれたのかも。ヴァイオリニストのラドゥロヴィチにとって最も魅力的だったのは,ワールド・ミュージックの持つ美しいメロディーだと思う。根源的な音楽が彼のアイデンティティーを直撃した,と想像する。
とはいうものの,彼の演奏がある種の泥臭さに傾斜している訳ではない。その反対に現代風で都会的な洗練された音楽を奏でている。まるでベルリン・フィルが世界各地に伝わる作品を演奏しているようでもある。ラドゥロヴィチは世界各地の民俗的な音楽に深く共鳴しているものの,それに負けず劣らず洗練された音楽を届けようとする衝動にも支配されているようだ。いや,そもそも彼の演奏スタイル自体が磨き抜かれている。今回はたまたまワールド・ミュージックを取り上げるので,それにふさわしい演奏スタイルに近づける工夫をおこなっている,というのが実態ではないだろうか。東欧出身のヴァイオリニストという以上に,都会的なセンスに溢れるミュージシャンのようにきこえる。
したがって,このアルバムで聴くべきは,比較的に民族色が濃い作品を普遍的な高さに達する水準で,洗練の極みをゆくような音楽として表現している点にある。つまりラドゥロヴィチが秘めている音楽的ポテンシャルの高さを実感することのような気がする。もちろん,彼の音楽性はより民俗音楽に近いかも知れないが,彼の演奏が音楽のルーツに近い地点まで到達しているため,卓越したレベルの音楽を実現することが可能となっている。
そのような特徴はこのアルバムの選曲にも表れている。ある地域やある時代の音楽に偏らず,古今東西の音楽からピックアップされた作品の幅広さ。世界各地の民謡からオペラや映画音楽の一節までさまざまな音楽を集めている。ペレス・プラードの「マンボ」,ロシアの「モスクワの夜はふけて」や日本の「竹田の子守唄」などは知名度が高いだけでなく,それぞれの音楽が生まれた風土に深く根ざした作品であり,それゆえ普遍性を有する音楽でもある。ラドゥロヴィチに限らず有能な音楽家にとってこうした仕事を成し遂げるのはもちろん困難ではないのだろうが。
彼のこうした音楽活動を支えているのはドゥーブル・サンスと呼ばれる多国籍バンド。多種多様な音楽の坩堝ともいえるパリを象徴するアンサンブル。彼らの演奏は癖の少ない,ナチュラルな音楽をきかせる。同時に熱狂に満ちた演奏であり,もちろん洗練された音楽でもある。彼らの共演なしではこのようなアルバムを作ることはできなかったに違いない。
もう一つこのアルバムをサポートしているのは編曲。このアルバム17曲のうち7曲は,ギター独奏でドゥーブル・サンスに参加するアレクサンデル・セドラーと独奏ヴァイオリンのネマニャ・ラドゥロヴィチによる編曲。このアルバムのコンセプトをよく理解したアレンジが行われている。
このアルバム「ルーツ」はワールド・ミュージックと呼ばれるジャンルを通して音楽のルーツに遡る試みといって差し支えないだろう。「ルーツ」の成立を背景で支えるのは,制作に参加したミュージシャンの力量。中心となるヴァイオリニストの音楽的な力量だけでなく,共演する多国籍アンサンブルに参加するミュージシャンや曲のアレンジを担当した二人の優れた音楽性があってこそ実現した試みである。とりわけ,ネマニャ・ラドゥロヴィチははるかに予想を超えるミュージシャンだ。
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