ヤ〇ーでは話にならない。LGBT問題では法律で拘束しようとしていて「理解しなさい」と
いうことをやろうとしている。理解したくない自由はないのか?こう書いたら差別だという話だ。私が問題にしているのはそこではない。
今は世界的なトレンドでこの問題の社会的地位を保証するかしないかが議論されている。
しかし、ヤ〇ーも含めて世界的な潮流で「これを認めないのは人間ではない」みたいな流れに流されてとにかく反対するものは差別主義者扱いにし、法律で拘束し無理に個人の信条をねじ伏せようとする。そういう流れだから乗っかるというのが問題だ。
それとLGBTにおいても病気と同じで原因を科学的に究明し治療が出来るなら個人の自由意志で治療も可能な状態にする、そういう研究も必要ではないか?というのも差別らしい。
そしてこの問題の世間の(というかマスコミを含めた世間)肯定感にも違和感を覚える。
生物学的に見てもこれは普通の状態ではない。それは確かだと思う。が、どんな人もこんな状態になることを推奨し、そうなることが悪いことではない、みんなで中性になろうみたいな流れを作っている違和感。
私は認めないとは言っていない。そういうことで支障があるなら自由にすれば良いと思う。ただ、あまりにも腫れ物に触るがごとく扱い、奉る話ではない。
少子化だとか言っているのにみんなで中性みたい話だとどうなる?
で、男女で子供を作ることは当たり前の営みだという表現もLGBTへの配慮が足らないと差別者扱いだ。あの秘書官か官房の言い方はともかく、確かに中性の割合が増えれば少子化に拍車が掛かる。治療できるなら科学的な究明がされて正常な方向へ舵を切ることも可能にしなければ。と、「正常な方向」とかくと中性は異常なのか、これは差別だと来る。
表現の自由はどうした?何でもかんでも差別と決めつけ排除するのが正義なのか?
これはLGBTのことに限った話ではない。人種差別もそうだろう。ヤ〇ーの問題点は例えば中国や韓国が日本人のことを差別的表現でネットで書き放題しているのに日本では差別表現として取り締まる。しかし、そういう外国勢力の日本人への差別表現については何んの抗議もしていない。「日本では取り締まっているのだからそちらでもやれ」と抗議するならともかく。
声の大きい方が正しいというのが世界の基準だ。酷いプロパガンダでも声が大きい方が勝つ。ロシアのウソもアフリカではプーチンバンザイだ。だから日本だけで取り締まったら世界に間違ったメッセージを送ることになる。
中国や韓国が日本に対してあることないこと陥れる書き込みをたくさんやっているから日本がどれだけ酷い国かという宣伝で溢れているのに日本にはその逆が一切ない。
となるとやはり中国韓国が言っていることが正しいということになる。
それを否定して回るならともかくだ。
人の書き込みを差別表現と決めつけて一方的に書きこみ停止にするくせに肝心の抗議はまったくなしだ。
だから両方の問題には共通点がある。
世界の流れだからIT系として別の道を歩むことは許されない。
取り締まってでも利用者に認めさせる。
それが自由なのだろうか?脅迫するような内容をかいているのではない。汚い言葉で蔑んでいるわけでもないのに制限を掛けるなんていうのは自由主義ではない。
フランスではイスラムを小バカにすることも表現の自由らしい。あれこそ自由の履き違いだと思うがそんな内容でもないのに。
日本のネットはどうかしている。本当に酷い書き込みなんていくらでもあるのに。
だからもうヤ〇ーには書き込みはしないようにしようと思う。メールも変えて完全脱退しようかと思う。アレはもう取付かれたような異常さだ。
一方的に差別主義者扱いにされる方は不愉快極まりない。
人のことは差別主義者と決めつけるくせに自分たちの差別意識については顧みようとしない。取り締まるべき相手を識別できないらしい。
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