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2022年12月20日23:28

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日劇ミュージックホールに出ていた「ヌードの人」という前歴もあったが、山形弁に救われた芸能活動だったかも。

あき竹城さん死去、75歳「3年B組金八先生」など出演 2年前に大腸がん患うも公表せず
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=8&from=diary&id=7232703
女優・あき竹城が亡くなった、ですか。記事によると、所属事務所のプレスリリースで「2022年12月15日あき竹城が75歳にて永眠いたしました。ここに皆さまからの生前のご厚誼に深謝し、謹んでご報告申し上げます。
約2年前に大腸癌を患い闘病しておりました。「元気なあき竹城でご挨拶したい」と本人の希望もあり公表せずに治療を続けて参りましたが今秋に病状が悪化してしまい、このようなご報告となってしまいました。
応援してくださった皆様、お世話になった関係者の皆様にこのようなご報告を差し上げることは大変残念でなりませんが、本人は全ての皆様へ感謝の気持ちでいっぱいです。誠にありがとうございました。」とのことで、「山形弁の元気印のオバサン」というそのキャラクターゆえか、大腸癌の発病以来公の場に出ることを控え、治療に専念してきたということのようですが、今秋に入って病状が悪化、力尽きたようですね。
もとは、日劇ミュージックホールの舞台を踏んだヌードダンサーとして活動し、日テレの「11PM」だかで見たのが最初だったと記憶します。そんな中、東映映画『トラック野郎・度胸一番星』で上着を剥ぎ取られる婦人警官役としてトップレス姿を披露し、『楢山節考』にも出演、女優としての地歩を固め、その山形弁で人気者になり、バラエティータレントとしても活躍し、若き日にその豊満な肉体を“売り”にして活動していたその片鱗など感じさせないような、独自の世界をつくっていた印象がありますね。そして、その山形弁が「あき竹城」を救った面もあったかもしれません。
そのあき竹城も、約2年に及ぶ大腸癌との闘病の末に、と言うことになりましたが、やはり「山形弁の元気印のオバサン」には、「癌と闘う姿を人様の前に晒して同情を買う」ことなど、到底できなかった。つまりは、人を励ます側に立つべき「あき竹城」が「人から励まされる」側には立てなかった、と言うことでしょう。
若々しい印象がありましたが、75歳になっていたとは。ご冥福をお祈りいたします。合掌。
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