盲人用の白杖を持った人を、誰かが誘導していた。
「信号、青になりましたよ」
そのまま、誘導するのかと思いきや、そう言い置いてその人は先に行ってしまった。
白杖の盲人がゆっくりと渡り終え、誰もいない虚空に向かい「どうもありがとうございました」と頭を下げた。繰り返すが周囲には誰もいない。切ない絵ヅラである。
やれやれ、これを見てしまった以上仕方あるまい。こりゃ予定の電車には乗れないな。
「どちらに行かれますか、お手伝いしますよ?」
「駅の西口まで行くのですよ」
「じゃあ、掴まってください」と、白杖の反対側に立ち、二の腕に掴まってもらう。
なるべく盲人用ブロックに沿い歩こうとするが、こうして改めて意識すると、なんというかいろいろと酷いな。ブロック上でボサっと突っ立ってる健常者はまだマシで、歩きスマホで正面から突っ込んでくるヤツは最悪だし、ブロックの敷き方もバス停の人溜まりを通っていたりと動線が取り方がマズい。
「西口の焼き鳥ヒダカという店に行くのですよ」
「ヒダカですか…(日高屋の日高だろうか)」
「唐揚げが食べたくなってしまいましてねぇ。焼き鳥屋で焼き鳥を食べず、唐揚げを頼んでもおかしくないですよね?」
「ちっともおかしくないですよ。ラーメン屋でチャーハン喰うようなもんですって」
よくしゃべる人だった。
その店にはたまに行くらしいのだが、店が密集してて、間違えて隣の店に入りそうになりったりすると話してくれた。
「もうすぐ西口に出ます。そこ段差がありますから」と、ペースを落とす。
そこからは、なるべくブロックの上を歩き、周囲を解説していく。
「ちょっと止まってください。右手に四角いコンクリの塊があるんですが、判りますか」
そういいつつ、そっと白杖を誘導する。
「これね、手すりの根本、基礎のところなんですよ。ほら、ここが手すり」
と、手すりに触れてもらう。
「でね、この手すりから左にまっすぐ行ったところが焼き鳥日高ですよ」
「ここに段差があって、ちょっと右にずれると入り口です」
これで、次からは間違えずに来られるといいのだけど。
「いやあ、どうもありがとうごさいました」
「いえいえ、ちょっとしたついでですよ。では私はこれで」
店に入るのを見届けて、駅に向かった。
案の定、予定の電車には乗り遅れた。次の電車は25分後…。ローカルの悲哀である。
それを待つ間、先ほどのことを思い返す。
話している間は、なにげなくスルーしてしまったが…
「唐揚げが食べたいから駅の向こうの日高屋に行く」
全盲の身でそれをするって凄くないか…?
おれがもし、視力を失って全盲になったとしよう。
食べたいものがあるからと、それを出す飲食店に独りで行けるだろうか。
実際、行ける行けないの前に、諦めてしまうだろう。
それに、話していたときの感じに「暗さ」がなかった。
いつだったか、やはり横断歩道で白杖の人を誘導したことがあったが、ものすごく怒っていた。
交差点上、横断歩道上に渡り切れなかったクルマが邪魔で、盲人が立ち往生しているのを見かねて割って入ったんだが、怒鳴り散らしていた。
渡り切った後、「文句言ってきてくださいよ!」と、おれに言うのには参った。
人それぞれと云えばそれまでだが、さっきの人はスゲー人だったのかもなあ。人間的に。
もしも、あの場所でまた見かけたら声をかけてみよう。
「もしかして、日高屋に行かれるんですか?」とw
ちなみに、焼き鳥日高は、あの日高屋のちょい飲みバージョンらしい。いまググった。
知らなかったわ…w
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