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2022年05月25日23:56

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あれから67年経ったが、「まだ終わっていない」と言いたいということか。

■ヒ素ミルクで森永乳業提訴=慰謝料求め、脳性まひの女性―大阪地裁
(時事通信社 - 05月25日 17:01)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&from=diary&id=6970199
67年前の昭和30年に発生した「森永乳業砒素ミルク中毒事件」の被害者の女性(68歳)が「現行の救済は不十分だとして、森永乳業に慰謝料など約5,500万円の損害賠償を求める訴訟を大阪地裁に起こした」ですか。記事では「訴状などによると、女性は乳幼児期に同社の粉ミルクを飲んで脳性まひを発症。首や手足に痛みやしびれがあり、40歳で頸椎(けいつい)症性脊髄症と診断を受けた。現在も症状が悪化しているという」としていますが、昭和48年に当時の「森永ミルク中毒の子どもを守る会」(現:「森永ひ素ミルク中毒の被害者を守る会」。全員が成人したため「子ども」から「被害者」に改称)、国、森永乳業の三者により「確認書」が締結され、被害者を恒久救済することで合意し、森永乳業は救済資金を拠出することを約束、この合意に基づいて「ひかり協会」(現:公益財団法人ひかり協会)が1974年4月に設立、現在も救済事業が継続され、「守る会」としては確認書締結以降「森永は責任を果たしている」という立場を取っているとされていますが、一部には「まだ終わっていない」「恒久的な社会的監視が必要だ」との見方もあったようで、被害者とその家族、親族などの間にはこのあたりの「見解の相違」とやらがあったらしいですね。私が卒業した大学の生協では、当時「森永乳業及び森永製菓の一切の商品を販売しない」ことを宣言していて、生協のPB商品でも森永が製造している商品はその対象としていたほどで、「ひかり協会」の活動はもとより、森永乳業、森永製菓という企業の存在さえも否定的な見方を示しながら、こうした宣言や活動をしていたほどでしたが、この事件への反省と責任から、森永乳業としては現在もなお毎年、新入社員に対してこの事件を題材にした食の安全に対する徹底的な社員教育を実施しており、67年を経過、その意識が高いとも言われるほどとなったと理解していました。


2022年5月、被害者の一人で大阪市内在住の歳の女性が、「現行の救済では不十分」として、森永乳業に5500万円の損害賠償を求める民事訴訟を大阪地裁に起こした[10]。

事件の震源地となった徳島工場は粉ミルクの製造を中止した上で操業を続けていたが、2011年1月、同年9月の閉鎖が決定され[6]、9月30日に閉鎖された[7]。

「守る会」に対して、 救済のあり方を問題視した被害者家族が「守る会」内で発言機会を奪われるという言論制限事件があったという報道がなされた[8]。 また、重症被害者
また、重症被害者の親によって「守る会」「ひかり協会」を相手取って人権救済の訴えが提起されている[9]が、結果は申し立て棄却。さらにひかり協会や国、守る会、森永に対し損害賠償を提訴したが、ひかり協会らに非はないと棄却された。さらに、2009年2月、機関紙「ひかり」で行った批判キャンペーンに対して、事実無根の羅列であるとして、名誉毀損の損害賠償請求訴訟を提起し(「平成21年(ワ)第249号損害賠償等請求事件」)、岡山地方裁判所は、その主張を一部認めた。
この事件の反省と責任から、森永乳業は毎年、新入社員に対してこの事件を題材にした食の安全に対する徹底的な社員教育を実施している。森永乳業社員の仕事はこの事件を振り返るところから始まる。

2022年5月、被害者の一人で大阪市内在住の68歳の女性が、「現行の救済では不十分」として、森永乳業に5500万円の損害賠償を求める民事訴訟を大阪地裁に起こした[10]。。

 1974年に救済団体が設立され、女性も月約7万円の手当を受給しているが、原告側は訴状で、「救済には全く足りず、(同社から)慰謝料は一切受け取っていない」と主張している。
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