mixiユーザー(id:7846239)

2022年04月02日16:03

275 view

イブラギモヴァ:24のカプリース(パガニーニ)

【収録曲】

 ニコロ・パガニーニ:24のカプリース Op.1

 アリーナ・イブラギモヴァ(Vn)

録音:2020年5月18〜19日,31日&6月1日,ヘンリー・ウッド・ホール,ロンドン
hyperion: CDA68366(セッション)


これは,ヴァイオリニスト,アリーナ・イブラギモヴァが一昨年の5月に録音したパガニーニの「24のカプリース」を収めた2枚組のアルバム。パガニーニのカプリースのCDは聴いたことがあり,第24番はリサイタルのアンコールで何度も耳にしたものの,イブラギモヴァの演奏を聴くのは初めて。

アリーナ・イブラギモヴァは1985年,ロシア生まれ。4歳でヴァイオリンをはじめ,95年にイギリスへ移住し,ユーディ・メニューイン・スクールと王立音楽院で学ぶ。モダン楽器とピリオード楽器どちらもこなすヴァイオリニスト。2002年からソロ活動を開始し,LSO,VPO,BPO,ロイヤル・コンセルトヘボウ・オーケストラ,バイエルン放送管弦楽団ほか主要オーケストラと共演。セドリック・ティベルキアンとはウィグモア・ホールやシャンゼリゼ劇場などで共演。

「24のカプリース」と聞くとバッハの「無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータ」を連想する。バッハの「無伴奏」がヒントになったことは間違いないはずだが,24曲のカプリースが24の調整を網羅しているわけではない。パガニーニの「カプリース」は一種の練習曲であり,ある種のショーピースで,パガニーニの代表作という3つの側面を持つ。これら3要素が絡み合い,一体となってこの曲集を形造っている。

言うまでもなく,この曲集の各曲は色々な重音奏法をはじめレガートやピツィカートその他ヴァイオリンの超絶技巧を聴衆に披露するためのテクニックが満載だ。それらはヴィルトゥオージティを誇示するためだけでなく,ヴァイオリンを弾く技術を磨くためにも有効なのだろう。演奏技術の側面からヴァイオリンにアプローチした作品ということができそうだ。

当然,ヴァイオリニストがリサイタルで自分のテクニックを披露するのに好都合なショーピースでもある。器楽の独奏者は自分の音楽性とともに技巧性を誇示したいと思うのだろう。そして聴衆も音楽よりも刮目すべき演奏技術に触れたいと思いコンサートホールへ足を運ぶことも少なくないはずだ。ヴァイオリンのための音楽に限って大雑把に言えば,パガニーニが現れる以前は難度の高いテクニックを見せびらかす類の作品を書いた作曲家はバロック時代を含めてもそれほど多くなかったはず。

パガニーニの音楽は,イタリアの伝統である美しく甘い音楽を引き継いでいる。どれほどテクニックに傾斜した作品を書こうとも,甘く美しい音楽という要素が背後に退くことはない。それどころか,技術的に難しくなればなるほど,音楽の美しさや甘さが際立つという逆説が成り立っているようだ。これはパガニーニという音楽家の核心なのではないだろうか。

アリーナ・イブラギモワはこれら3つの要素のうち3番目のパガニーニの音楽の美しさに焦点を当てつつ演奏している。彼女は難曲として知られた曲集のどの曲も難なく易々と弾きこなしているようにきこえる。演奏の難易度の高さを感じさせないくらいの演奏技術を持ち合わせているということなのだろう。したがって,技巧より音楽が前面に出ている。彼女が持って生まれたであろうヴァイオリンの美音を活かして,イタリア音楽の原点とも言うべき美しいヴァイオリンの響きを惜しみなく披露してくれる。もちろんメロディーも綺麗だが,彼女が奏でる音楽自体が美しく響く。おそらくそれはイタリア風のサウンドというより,イブラギモヴァの身体から生み出された美しさなのだろう。彼女の「24のカプリース」からはイギリスや東欧の香りがそこはかとなく漂ってくるようだ。

例えば,この曲集の終曲であり有名な第24番。変奏曲であり曲集を締め括るにふさわしい華々しさにも事欠かない。主題と11の変奏,そしてフィナーレから成る。あらゆるヴァイオリン奏法によって展開され変奏される。開放弦で演奏されるので響きが素晴らしい。第1変奏はアルペッジョ,第3変奏はオクターブ奏法,第4変奏は半音階を素材にした変奏で,第5変奏は高音と低音の交互変奏,第5変奏は左手ピツィカートなどが続く。イブラギモヴァは1775年頃に製作されたアンセルモ・ベロッシオを使っているせいもあり,響きは落ち着いている。ピリオード楽器を弾いているにもかかわらず,技巧面で妥協はしていない。各変奏の性格を明瞭に描きつつテクニクの点でも決して誤魔化さないどころか,イタリア伝統の音楽美を渋味も混じえつつ披露する。余計なことに神経を使わなくて済み,心に素直に届く演奏だ。

バッハの「無伴奏ヴァイオリン・ソナタとパルティータ」が音楽そのものの核心に迫る作品であるのに対し,パガニーニの「24のカプリース」は作曲家が切り拓いたヴィルトゥオージティをイタリア伝統の美しさと甘さでコーティングした音楽と言えそうだ。
3 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2022年04月>
日 月 火 水 木 金 土
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930