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2022年01月17日03:36

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殺されてしまった友人の話

 小学校4年の時に転校してきたクラスメイトのK君は高校3年の最後に殺されてしまいました。
 同じクラスだったのは小4の時だけだったけど、家が近く遊びに行ったり、彼の家ではマルチーズを飼っていたので一緒に散歩したり、子どもなりに楽しい日々でした。K君は何度か引っ越していて、私の知らない地方の話を色々聞かせてくれて、話し合うのはとても楽しかったのです。

 K君は小学校を卒業すると、私学の中学に進学したので余り会うこともなかったのですが、高校に入るとお互い自転車通学だったので時々すれ違ったりすることもありました。

 そんなK君が殺されてしまった、というニュースが入ったのは高校三年の終わりごろ、確か3月中旬位。K君はR大学に進学を決めていて、後は高校の卒業式、という所でした。夕方の全国ニュースで、学校の体育館裏で死体で発見されたという情報が流れ、犯人は同じ学校の同級生でK君とも仲の良かった友人だったとか。刃物で刺されて死んでしまいました。どうやら夜に学校に呼び出されての犯行だった模様。

 その犯人の父親が医者だったらしく、犯人は大学に合格しておらず、進学を決めていたK君を羨ましく思ったのか殺してしまいました。
 なんとなく、親が子どもに掛けるプレッシャーのような所で今回の事件と共通している部分もあります。

 結局、最後にK君と会ったのは、その事件の少し前に京都大学の温室の前で、お互い自転車ですれ違ったのが最後でした。その時は話すこともなかったのだけど、すれ違ったあとお互いの視線がしばらく合っていたので、それが最後だったこともあって、今でも鮮明に覚えています。

 報道では、犯人の名前など一切伏せられているので、誰なのかは私には分かりませんが、K君と同じ高校に行っていた友人などは、自分が犯人だと疑われたりしていい迷惑だ、などと言っていました。
 一体、何のために、仲の良い友人を殺してしまうのか、その理由は本人にしか分からないことなのだけど、わずか18年で人生を閉じてしまったK君のことはずっと不憫だと感じています。
 彼は一人っ子で、両親も大事に育てていたこともあり、そのショックは相当なものだと容易に想像できて、余りにも酷いことだったので、その後お葬式にも行ってないし、勿論彼の家を尋ねたりもしていません。掛ける言葉など見つからないし、私がご両親の心を揺らすようなことをしても何の意味もないので、本当は線香の一本でも上げたいと思っていても関わらずにそっとしています。

 若い時に、情緒が不安定になるのはほとんどの人が経験すること。何かうまく行かないことがあると、自暴自棄になってありえないような行動を起こしてしまうこともあるでしょう。
 ただ、今回の事件を見て。もしかしたら、犯人はバッティングセンターにでも行って2000円分ぐらいバットを振り回しボールを打ったら気分がすっきりして、こんな事件を起こさなくても良かったのではないか? と、思ったりもします。
 不幸中の幸いで、襲われた方々の傷は、命を奪うほどのものではなかったようなので、傷が癒えればまたこれからの人生を作れるでしょう。勿論、突然通り魔に刺される、という恐怖の体験を、そう簡単に払しょくできるとは思えませんが、周りの方々がしっかり支えてあげて欲しいと思います。

 なにか、その2000円って捻出出来たよね。と思うのです。
 東京までのバス代は作ったのですから。
 この事件の犯人も、心が孤立して、思念が増大した結果、大事になってしまったのだと思います。先の日記にも書いたのですが、そもそも医学部に入る、ぐらいのことは一生懸命勉強するだけ、なのでそれほど困難な道のりではないはず。しかし、当人がそういう努力を積むのに向いていなかった、という可能性もあって、周りが犯人の人生をもっと広く考えてあげていれば、今回の事件も未然に防げたかもしれません。

 10代で、余り学校にも行かず、あるいは勉強に身が入らず、ちょっと情けないような人生を歩んでいる人は結構沢山いるのですが、そういう人もその人生がそれぞれの人に合っている可能性も大きいのです。社会的には色々な問題にぶち当たっている日本ですけど、何とか自分だけぐらいは暮らしていける、という状態の人に対してその生きている価値を認めて行けるような社会であれば、昨今頻発する無差別テロとも言える多くの事件が防げた可能性もあるわけです。

 事件が起これば、必ずと言っていいぐらい、その被害者がいます。何よりも事件が起こる前にどれだけ対処できているかの方が大事だと思います。大阪の放火事件でも、事件さえ起こらなければあんなに多くの人が亡くなることもなかったし、電車の中での無差別殺傷事件も何か回避の方法があったのではないか?と思わずにはいられないです。
 そういう犯人にある程度共通しているのは「人生に対する絶望」。京都アニメーションの放火事件では、「逆恨み」ですが、それもやはり自分の書いた小説が正当に評価されていない、という勝手な思い込みからでしょう。その小説の価値が、ほとんどない、という部分を的確に指摘して、ではもう少し価値のある小説を書けるようにするにはどうしたら良いかを誰かが教えていれば、多少売れるものが書けたかもしれないし、自分には才能がないと分かって、別の道を進んだかも知れません。

 ただ、日本で暮らしている人は皆、多忙で、そういう苦しさの中にいる人に対してなかなか丁寧な対応が出来ていないのも現状です。学校の先生などその代表例でしょう。
 子どもに「勉強しろ」とだけ言っていれば、勉強して勝手に成長してくれる場合は簡単ですが、多くの子どもはそうでもない。丁寧に人生を紐解かないと個人個人に合った道を探すのはそう簡単ではない。結局はどこかで努力しなければならないのだけど、努力できないから「無価値」というものでもなく、何とか生きていればそれだけで「宝だ」と認められる価値基準もどこかに必要なのだと思います。
 命の大切さは、多くの人が口にする価値基準ですけど、例えば生活保護を受けていて働けていない人に対して、社会はとても冷たいと感じます。何の社会貢献も出来ない人は死んだほうがまし、と考える人がいれば、それが巡り巡って色々な事件を引き起こしているのではないかと感じずにはおられません。

 K君が殺されてしまったのは、何十年も前のことだけれども、彼の命の犠牲が現代の社会には何の糧にもなっていない。そう感じてしまい、とても悲しい気持ちになっています。
 勿論、罪を犯した人は刑務所で反省して欲しいですし、日本に死刑制度がある以上、裁判で死刑になってしまう凶悪犯はいます。人の命を奪ってしまったら、現実的には何をやっても償えないのは事実です。
 刃物で人を切りつける元気があるなら、「取りあえず、2000円持ってバッティングセンターで思いっきりバットを振り回してみる」運動とか。そういうことを社会全体で考えてみることは出来ないものかと思います。

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■「どうして一生に一度の日に」 共通テスト2日目、付き添う親も多く
(朝日新聞デジタル - 01月16日 11:42)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=6814667

 大学入学共通テストの東京大学会場(東京都文京区)近くで15日、受験生らが襲われた刺傷事件を受け、共通テストの2日目を迎えた16日朝、各地の会場では警戒が強化された。警察官や保護者らに見守られ、受験生たちは緊張した面持ちで会場入りした。

 事件があった東京大学では、午前8時の開門前から受験生が集まり始めた。門の付近には複数の警察官が立ち、警戒にあたった。事件の影響を心配し、付き添う保護者らの姿も前日より多くみられた。

 娘と会場に向かう40代の女性は「昨日は事件の一報を見て、もしかしたら娘が被害に遭ったのではと、いてもたってもいられなかった。昼休みに連絡がとれ、本当に安心した」と話した。事件の余波が心配で、付き添うことにしたという。

■慌てて階段を駆け上がってくる受験生たち

 長女が東大の会場に入るのを見守った都内の男性(55)は、初めて東大に行く長女のために、前日も付き添っていた。見送った後に東京メトロ南北線の東大前駅から乗車しようとすると、慌てて階段を駆け上がってくる受験生たちがいた。何事かと思いながら地下の駅構内に下りると、「液体がまかれた」と騒ぎになっていたという。

 知人から「東大で事件が起きている」と聞き、「まさかこんなことが」と驚いた。試験は行われているのか。長女は落ち着いて受けられているのか。そんな思いがめぐった。2日目は1人で行かせる予定だったが、心配で付き添うことにしたという。

 男性は「子どもたちが一生懸命勉強していたのを知っている。事件を起こした少年もそうだったのでは。少年や親御さんのことを思うと、やるせない気持ちです」と語った。

 共通テストの受験生は、事件をどのように受け止めたのか。

 都内の私立高校3年の女子生徒(18)は15日、試験の昼休みにスマホを見て、家族や友人から大量のメッセージが来ていることに驚いた。「大丈夫?」と心配する内容ばかりで、初めて事件を知った。「どうして一生に一度の日にこんなことをするのか」と思ったが、午後のテストに集中するため、事件の報道はできるだけ見ないようにしたという。
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