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2021年06月13日14:52

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アルゲリッチ:『初期録音集』(シューマン他)

【収録曲】

1 シューマン:トッカータ ハ長調 Op.7(1960)
2 リスト:3つの演奏会用練習曲集より 第2番 ヘ短調「軽やかさ」(1957)
3 リスト:ハンガリー狂詩曲 第6番 変ニ長調 S.244-6(1957)
4 ショパン:スケルツォ 第3番 嬰ハ短調 Op.39(1960)
5 モーツァルト:ピアノ協奏曲 第21番 ハ長調 K.467(1960)
6 ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第7番 ニ長調 Op.10-3(1960)
7 ショパン:練習曲 第1番 ハ長調 Op.10-1(1955)


マルタ・アルゲリッチ(ピアノ)
ケルン放送交響楽団(管弦楽)
ペーター・マーク(指揮)

Diapason DIAP135


今月80歳の誕生日を迎えるアルゲリッチが,1955年から60年にかけて行った録音を収めたCD。「ディアパゾンが選んだ決定盤」シリーズの第135集として,リマスタリングのうえ先月リリースされた。

再度マスタリングを行ったとはいっても,当然のことながら音の状態は芳しくない。音は立体的に響かず,どうしても平面に張り付いているようにきこえてしまう。録音年代を考えるとやむを得ないと承知しつつも,もう少し音が鮮明であればと不満は消えない。

この録音を行った当時,アルゲリッチはまだ10代だった。10代の頃からアルゲリッチはアルゲリッチだったことを強く印象づける演奏だ。彼女が弾くシューマン,リスト,ショパン,モーツァルト,ベートーヴェンを聴いていると,これらの作曲家の音楽を聴いているというより,アルゲリッチの音楽そのものを聴いているような気分になる。10代の頃から既にアルゲリッチ節は健在だったようだ。程度の差はあれ,これはどの演奏家についても言えることなんだろうけれど。

アルゲリッチといえば,インスピレーションに任せてバリバリ弾きまくるピアニストというイメージを持つことが多いと思う。しかし,このCDを聴いてひとつ意外だったのは,アルゲリッチの演奏はひらめきよりも抒情性が優っているのではないだろうか。ある作品に向き合ったとき,彼女の内面に流れるその作品の抒情的イメージをピアノの音で表現する,あるいはその時の彼女の感情の流れをピアノの音で置き換えることが,彼女の音楽に対するアプローチのベースなのではないかと感じさせる。もちろん,感情の流れをピアノの音で表す際のひらめきの鋭さは他の追随を許さないものがある。そして,アルゲリッチの演奏に惹きつけられ続けてきたのは,彼女の内面で起こる感情の流れや,それを表現するインスピレーションの的確さに魅せられ続けたからだろうと思い至った。音楽は感情を表現する芸術なのだから,当然といえば当然なのだが。しかし個人的には大発見だった。

では,モーツァルトのピアノ協奏曲第21番から。この演奏の根底には,アルゲリッチ流にデフォルメされた彼女自身の感情の流れがある。それはモーツァルトの感情の流れとおおよそ一致している反面,アルゲリッチが譲らなかったフィーリングの表現もある。つまり,この曲を速く,軽く,薄く弾くことにしたようだ。そして,このピアノ・コンチェルトの歌わせ方もアルゲリッチ流だと思う。モーツァルトのピアノ・コンチェルトの細部まで深く克明に描くことにあまり関心はないらしい。音の粒立ちやフレージングよりも,彼女の内面を流れるこの曲に対するフィーリングを重視した結果だろう。録音の古さとテンポの速さがあいまったためという事情もあるだろう。節回しにしても彼女の独特の個性が明瞭に刻印されている。もう少しモーツァルトの内面に即した演奏を聴いてみたくなる。

文句ばかり書き連ねてしまったが,ティーンエイジャーにしては恐ろしく成熟したモーツァルトだ。ピアノ協奏曲第21番の一側面を正確に捉えるとともに,それを自身の音楽性を込めて表現している点はさすがである。とりわけ,指揮者とオーケストラがソリストのモーツァルトにピッタリと寄り添い,オーケストラはソロと一体となってアルゲリッチのモーツァルトを表現している。アルゲリッチは10代の頃から凄かったことの証なんだろう。彼女は10代の頃から女王様だったことを裏付けるような演奏。彼女は終始マイペース。とはいえ,アルゲリッチの独奏でモーツァルトのピアノ・コンチェルト第21番を聴くことができたのは貴重な経験だ。

ベートーヴェンが比較的若いころ書いたピアノ・ソナタ第7番も,ベートーヴェンのピアノ・ソナタというよりアルゲリッチのベートーヴェン演奏といいたくなる演奏。録音時期はモーツァルトと同じだが,オーケストラの伴奏がない分ピアノの音はより克明に捉えられている。ベートーヴェンでも一音一音をどう響かせるかより,演奏の勢いを重視したような印象が強い。作品10の3曲は,最初のピアノ・ソナタ作品2の3曲のあと,作品7(「悲壮」)の前に書かれた作品。ハイドンやモーツァルトの影響のもと書かれたという事情を考慮して,中期や後期のベートーヴェンとは一線を画す初期のソナタなのでこういう演奏になった可能性も否定できない。演奏にアルゲリッチの刻印がどれほど強く押されているかという点に関しては,モーツァルトのピアノ協奏曲よりもアルゲリッチ色は薄く,ベートーヴェンの音楽に肉薄しようという意欲が感じられる演奏だ。

アルゲリッチがより本領を発揮しているのはショパンの作品。特に練習曲第1番は水を得た魚のような演奏。この曲ではテンポに関しても,響きに関してもあまり不満は感じない。指が自然に動いて,この作品を造形しているようだ。そして,その演奏スタイルが作品にフィットしている。もちろん,アルゲリッチ節も健在。スケルツォ第3番も練習曲と同じくらい自然な演奏にきこえる。ただし,スケルツォは練習曲以上にメリハリを利かせなければならず,感情移入の強さも要求されるのだろう。その分練習曲の方が当時の彼女の演奏スタイルに適しているような印象だ。

同じ練習曲でも,リストの「3つの演奏会用練習曲」の第2番「軽やかさ」は演奏会用練習曲という要素を意識してか,ほんのわずかだが全身に力がこもっているようなところも。ハンガリー狂詩曲第6番も,曲の後半の速い部分へ行き着くまでは若干戸惑っているようなところがなきにしもあらず。リストの作品は苦手なので,このコメントに自信がない。

シューマンのトッカータは20代の前半に書かれた曲。でも,シューマンの特徴が鮮明に刻印されている。この曲もよく知らないが,テンポは他のピアニストの演奏に比べ少し速めなのではないだろうか。そして,その速めのテンポを活かしてシューマンの特色を巧く描いているように思う。

このディスクを聴いて,これまで看過してきたアルゲリッチの一面を発見した。彼女がピアノに向かうとき,心の底に流れる音楽的感情の的確さとそれをピアノで表現するテクニックの的確さが彼女の持ち味なのでしょう。少なくとも,個人的にそこに惹きつけられてきたことは間違いない。
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