中国への姿勢を硬化させるドイツ、フリゲート艦派遣は中国への警鐘
熊谷 徹
在独ジャーナリスト
2021年2月17日
メルケル政権が2020年9月2日、「インド・太平洋政策ガイドライン」という72ページの戦略文書を閣議決定し、政治的・経済的に重要度を増すアジア地域への関与と友好国との協力を強める方針を打ち出した。ガイドラインの対象は、インドから中国、オーストラリア・米国までを含む広い地域だ。
さらにドイツ政府は今年、フリゲート艦「ハンブルク」を5カ月間にわたってこの地域に派遣し、すでに展開している英仏の艦艇とともに共同訓練を実施することも明らかにした。
ドイツが、欧州から遠く離れたアジアに艦艇を派遣するのは極めて珍しい。ドイツは北大西洋条約機構(NATO)域外での軍事行動に慎重だった。この国は、伝統的に陸軍を重視してきたので、海軍力は弱い。
ドイツ国防省のアンネグレート・クランプカレンバウアー大臣は、「21世紀に入って国際政治・経済の重心は大西洋からインド・太平洋地域に移りつつある。世界の大都市33のうち22がこの地域にある」とした上で、「この地域を通過する貨物の輸送路は、EU(欧州連合)にとっても重要だ。したがってインド・太平洋地域の安全保障は、我々にとっても大きな関心事である」と強調した。
ドイツの論壇では、ガイドラインの公表とフリゲート艦の派遣決定は、「中国に対する警鐘だ」という見方が有力である。ガイドラインは「北朝鮮の核開発問題と並んで米中間の対立は、この地域の安全保障への脅威だ。この地域では2010年から2019年までに軍事支出が50%増加。中国の軍事支出は85%増えている」と述べ、中国の勢力拡大に対する懸念を間接的に表明している。
ドイツは、オーストラリアやシンガポールなどと並び、日本をインド・太平洋地域で「共通の価値観」を持つ重要なパートナーと見なしている。クランプカレンバウアー大臣は昨年12月15日、岸信夫防衛大臣とのオンライン会談で、ガイドラインの背景について説明するとともに、日本との防衛協力も深めていく方針を明らかにした。岸大臣もこの姿勢を歓迎した。
これまでドイツ政府はしばしば「アジアの安全保障の重視」を掲げてきたが、具体的な政策が伴わなかった。同国のフリゲート艦派遣の決定は、遅まきながら「ブーツを地面に着ける」姿勢を示すという、象徴的な意味を持っている。この異例の決定が中国を視野に置いたものであることは明らかだ。
中国側は、フリゲート艦を派遣するドイツの方針に反発した。中国共産党系メディア「環球時報」は、「ドイツ政府の今回の発表は、おそらく米国の圧力に屈して行われたもの。内政干渉だ」と論評している。
独政府「一帯一路はEUを分断する」と警告
ドイツはゲアハルト・シュレーダー前首相の時代から、中国との経済関係の拡大に努めてきた。ドイツにとって中国は、世界最大の貿易相手国である。しかし近年は、中国への姿勢を硬化させるドイツの態度が目立つ。ドイツ産業連盟は2008年、「中国とEUは、政治・経済システムをめぐる競争関係にある」という声明を出した。また同国政府は「中国の一帯一路政策は、EUの分断につながる」と主張する。その1つのきっかけは、東アジア海域の領土問題だった。
フィリピンは2014年、南シナ海に位置する南沙(スプラトリー)諸島などの領有権に対する中国の主張を不当として、オランダ・ハーグの常設仲裁裁判所に仲裁を要請した。同裁判所は2016年7月12日に、「南沙諸島などに対する中国の領有権主張に法的根拠はなく、国際法に違反する」という判決を下した。
EUはこの判決が出た直後、7月15〜16日にアジア欧州会議(ASEM)がモンゴルのウランバートルで開かれるまでに、同判決に関する統一見解をまとめようとした。独仏など大半の国々は、中国を批判する判決を支持したが、EUは結局ASEMまでに統一見解をまとめることができなかった。それは、ギリシャとハンガリーが判決を支持しなかったからである。
なぜギリシャは中国批判を避けたのか。その理由は、アテネ南部のピレウス港にある。このコンテナ港に、中国遠洋海運集団(COSCO) が2009年から投資し始めた。現在は同社が資本の51%を握っている。COSCOはピレウス港に6億ユーロ(約756億円)を投じて、地中海最大のコンテナ港を建設中だ。中国はピレウス港を、自国からの貨物を欧州に送り込むための重要な橋頭保(きょうとうほ)の1つと位置付けている。つまりこの港への投資は、中国の一帯一路プロジェクトの一環なのだ。
ハンガリーも中国依存
ハンガリーがASEMで造反した理由も、経済だ。同国のビクトル・オルバン首相はEUきっての親中派である。同氏は2017年11月、中国の李克強(リー・クォーチャン)首相と中東欧15カ国の首脳を首都ブダペストに招いて「16プラス1サミット」を開いた。
オルバン首相は、EUが重視する三権分立や報道の自由の原則に批判的な右派ポピュリスト。近年はEUとの間で摩擦が絶えない。ハンガリーは中国との経済関係を緊密化し、インフラ整備の資金を受け入れることができれば、EUへの依存度を減らすことができる。
「16プラス1首脳会議」でオルバン首相は、「今や、東アジアの星は絶頂期を迎えている」と中国を持ち上げた。さらに「疲弊し、老いさらばえた西欧諸国には、もはや中東欧諸国のダイナミックな成長を支援する資金がない。このため我々は中国の資金とテクノロジーを必要とする」と述べた。
つまりハンガリーも中国によるインフラ投資を頼みの綱としているため、南シナ海問題をめぐる中国を怒らせるEUの決定に反対したのだ。
当時ドイツの外相だったジグマー・ガブリエル氏は、ギリシャとハンガリーの造反について、「一部の加盟国が中国と対立したくないと考えたために、EUが共同歩調を取ることができなかった」と不満をあらわにした。このように中国マネーは、EU加盟国の態度にすでに影響を及ぼし始めている。
もしも他の中東欧諸国が中国マネーに幻惑されて一帯一路に参加し、ギリシャのまねをして中国の政策を追認するとしたら、EUの結束は今以上に揺らぐ。ドイツが一帯一路に強い危機感を抱いているのは、そのためだ。
ドイツ大統領が中国の香港政策を公に批判
ドイツの政界では、中国の対香港政策に対する批判も強まっている。フランク・ヴァルター・シュタインマイヤー大統領(社会民主党=SPD)は昨年夏、珍しく歯に衣(きぬ)を着せぬ表現で中国を批判した。
同氏は公共放送局・第2ドイツテレビ(ZDF)とのインタビューで「中国は2020年6月に香港で国家安全法を施行した。これは香港の憲法に違反するばかりではなく、国際的な取り決めにも違反するものだ」と述べた。
さらに同氏は「この国際法違反に対する我々の怒りは、一時的に終わるものではない。もし中国政府が、欧州の憤りはすぐに下火になると考えて国家安全法を撤回しない場合、中国と欧州の関係は永続的に悪化するだろう。これは中国にとって利益ではないはずだ。私は中国が国家安全法について考え直すよう望んでいる」と述べた。
同国のハイコ・マース外務大臣(SPD)も「中国が国際的な取り決めを守っているかどうか、EUは結束してチェックしなくてはならない」と発言。
緑の党のカトリン・ゲーリング・エッカート院内総務は、「ドイツ政府は中国に対する圧力を高めるべきだ。私はメルケル首相がなぜ国家安全法について沈黙しているのか理解できない」と述べ、政府の中国に対する態度が甘すぎると批判した。来年に予定される総選挙のあと連立政権入りすると予想されている緑の党は、中国での人権問題について最も舌鋒(ぜっぽう)が鋭い政党だ。
さらにドイツ政府は国家安全法の施行以降、「政治的迫害を受けている」と主張する香港市民の亡命を認めた。
同国の公共放送局「ドイチェ・ヴェレ(DW)」は、「国家安全法が施行となって以来、3人の香港市民がドイツへの亡命を申請した。連邦移民難民局(BAMF)は、2020年9月にそのうちの1人の亡命申請を承認し、ドイツでの滞在を許可した。他の2人の申請は却下した。2020年1月から9月までに、中国・香港から416人がドイツに亡命を申請し、そのうち61人が政治的亡命を認められた」と報じている。つまりドイツ政府は、「香港では一部の市民が政治的理由で迫害を受けている」と判断したのだ。香港特別行政区は、「内政干渉だ」としてメルケル政権の決定を厳しく批判した。
コロナ危機でドイツの対中依存はさらに高まる?
ドイツにとっての大きな弱みは、同国の経済界が中国に強く依存していることだ。特にドイツ経済がコロナ・パンデミックにより深刻な打撃を受けつつある今、中国市場の重要性はむしろ高まっている。
国際通貨基金(IMF)によると、ユーロ圏の2020年の国内総生産(GDP)は前年比で7.2%減った。欧州経済で機関車役を務めるドイツのGDPも5%減少。スペインは11.1%、イタリアは9.2%、フランスは9.0%の下落幅を記録している。日本のGDPは5.1%、米国は3.4%減った。IMFは、昨年の全世界のGDPがコロナ不況によって3.5%減ったと推定する。
対照的に中国は、武漢など一部の都市の完全封鎖、外出禁止措置やデジタル技術による個人の行動監視を含めた厳しい感染対策によって、欧米諸国よりも早く感染者数の増加に歯止めをかけることに成功した。
中国と欧米の経済パフォーマンスの間には、大きな格差が生まれつつある。IMFによると、中国のGDPは昨年2.3%成長した。主要経済国の中で、昨年GDPを増やすことに成功したのは中国だけである。
また欧州や米国では昨年秋以降、パンデミックの第2波によって経済活動に再びブレーキがかかりつつある。英国で見つかった変異株B.1.1.7はこれまでの新型コロナウイルスに比べて感染力が20〜35%強い。南アフリカやブラジルで見つかった変異株も、欧州大陸で徐々に広がりつつある。
このためドイツなどは昨年3月と同じように、国境を閉鎖し始めている。同国の自動車メーカーは東欧からの部品が調達できなくなり、生産停止に追い込まれる。これが、経済成長にブレーキをかけるのは確実だ。
ドイツ政府は昨年秋の時点で、2021年のGDPが4.2%増えると予想していた。しかしコロナ第2波が経済活動に再びブレーキをかける恐れが強いとして、今年1月中旬には「2021年のGDP成長率は3%になる」と下方修正を迫られた。
IMFは、今年の全世界の経済成長率を5.5%、ユーロ圏を4.2%と楽観的な予測を発表しているが、パンデミック第2波の影響で、これらの予測値を引き下げざるを得なくなるのはほぼ確実だ。
これに対し、中国の2021年のGDP成長率は8.1%に達すると予想されている。これはインド(11.5%)に次いで、世界で2番目に高い予測成長率だ。日独の今年の成長率は、中国に大きく水をあけられる。
欧州の経済学者の間では、パンデミックによって世界経済における欧州の地位が低下し、中国の重要性がますます高まるという見方が有力だ。欧州の輸出産業がグローバル不況の悪影響を最小限に抑える上で、中国は不可欠の市場となるだろう。中国がコロナ不況というトンネルの出口に向けて、他の地域よりも速いスピードで進んでいることは、各国の企業を中国にひきつけるに違いない。このことは、世界経済が中国に依存する度合いがさらに高まることを意味する。
例えばドイツでは今年1月から、食料品店で買い物をしたり公共交通機関を利用したりする際に、フィルター性能が高い医療用マスクFFP2かN95を着用することを政令で義務付けた。このためスーパーや薬局で大量のFFP2マスクが売られている。その大半は中国製である。高コスト国ドイツにとって、人件費が安い中国は製造拠点としても必要不可欠の存在だ。
中国の景気回復がドイツ企業の頼みの綱
ドイツ企業にとって中国がいかに重要であるか、昨年の第3四半期の時点ですでに浮き彫りになっている。例えばEU加盟国のGDPは昨年第3四半期に11.5%も増えた。ドイツもこの期にGDPを8.5%増やしている。理由の1つは、中国で消費需要が回復し始めたため、ドイツなどEU加盟国からの輸出量が増えたことだ。
例えばドイツ自動車工業会(VDA)の統計によると、同国のメーカーの昨年4月の自動車輸出台数は前月に比べて約91%も減って2万2680台になった。しかしその後、輸出台数は増加傾向を示し、11月には33万8440台となった。自動車業界の関係者は、「これは中国での自動車需要が回復したためだ」と指摘する。昨年11月の単月の輸出台数は、前年同期を11%上回ったほどだ。
ドイツが中国との経済関係を、短期的に減らすことは考えられない。ドイツ政府は今後、「政治は政治。経済は経済」と分離して、中国のアジアでの勢力拡大や人権問題について批判的な姿勢を強めるだろう。これに対し中国は政経一体を維持して、ドイツ政府に圧力をかけようとするに違いない。
まもなく中国は、GDPで米国を追い抜き、世界最大の経済パワーになる。議会制民主主義を採用していない国が、GDPランキングで首位を占めるのは史上初めてのことだ。東西冷戦に敗れて崩壊したソビエト連邦(当時)との最大の違いは、中国が多くの外国企業にとって大きな魅力を持っていることだ。ドイツ人にとって、安全保障・人権重視と収益・雇用の間にあるジレンマを解決するのは容易なことではない。
https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00023/021700238/
中共の経済力が大きくなっただけなら、米国の様に経済面や文化面での交流を深めることができます。
しかし、中共は独裁国家であり、人権無視の政治体制は、現在の西洋文明と相入れません^^;
欧米の知識人にとって、民主国家が非民主国家の経済力に依存するのは、屈辱以外の何者でもないでしょうw
日本も他人事ではなく、ドイツ同様分裂状態です^^;
外交の基本「遠交近攻」によるなら、ドイツが「交」を選択出来るのに対し、日本を含む周辺国は「攻」しか選択の余地が無いことです。
中共に対して「交」を選択するなら、チベットやウィグルのように飲み込まれます。
日本人の中に、お花畑が少なからずいるのには、困ったものです^^;
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