ユーキャン出版部の宣伝チラシより。
そこでどう生きる
どの一歩も、かけがえのない私の人生の歩みです。この一歩は私の人生じゃない、ということはありません。
眠りこけている間であろうと、腹を立てているときであろうと、愚図っているときであろうと、いかなるときも、私の人生の一歩を運んでいるのです。
ですから、人が見ていようがいまいが、あるいは損することであろうが得することであろうが、そんなことはどうでもよろしい。
すべてがやり直しのきかない人生の歩みなのですから、どの一歩も大事に運ぼうではありませんか。
ダルマさんのお話
姿勢を正せ。
人生は、この一言ですむ気がします。私たちは気に入ったことは追いかけますが、気に入らないことからは逃げ出そうとし、あるいは助けを求めてキョロキョロと見回します。
少しうまくいくと有頂天になってそっくり返り、うまくいかないと落ち込んでしまいます。姿勢がいつも崩れていますね。
縁起ダルマが語りかけているのは、そんな姿勢や粘りなのではないかなと思います。
いかなるときも姿勢を崩さず、そこを正念場としていく。その姿勢があれば、どんなことも成就しないはずが
もう一人の私を尋ねて
私どもの中には二人の「私」がいます。私に対して、もう一人の私が問いかける。私と私の対話を、毎日の生活の中でする。これは大事なことのような気がいたします。
日常生活の中で、愚痴をこぼしたいときや、どうでもいいことに腹を立ているとき、ふと「そんなことに腹を立てても、しょうがないんじゃないかな」と問いかける声を聞くことがあります。これは「もう一人の私」の声と言えるでしょう。
青山俊董氏プロフィル
昭和8年愛知県生まれ。数えの5歳で曹洞宗無量寺に入門、駒澤大学大学院修士課程修了。現在は一般への参禅指導、講演、執筆、また茶道、華道の教授として、禅の普及に努めている。
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