青山俊董さん(愛知専門尼僧堂堂長)のお話より。
まったく違った人生を生きてきた者が、
ずっと一緒に暮らすというのはそう簡単ではありません。
夫婦というものは何百万人の中らたった一人選んだ修行の相手。
と思えば文句はないですね(笑)。
人生に余生なんかありはしません。
余った人生なんてありはしません。
最後まで本番です。
最後まで本番、最後まで仕上げ時。
私が生涯の師と仰いだ余語老師がよくこういう言い方をされた。
「人生を円相で考えて見よ」と。
どの一点を押さえても、
終着点であると同時に出発点。
地元の会社の新人研修で、講話をし、座禅や食事作法などの指導をした。
研修が終わって、感想述べてくれました。
20人のうちの19人までが、足が痛かったことのほかは何にも聞こえて
いなかったんですね。感心しました。
これほど聞こえないかと思うくらい。
そのなかの、重病を患ったというお方が一人だで、
「自分の病気と重ねて、
今日のお話は心にしみました」
とこう言ってくれました、一つの学びがございました。
日蓮上人が、
「病によって道心は起り候」とおっしゃった。
悲しみ、苦しみ、闇に導かれて、求める心が起き、
初めてアンテナが立ち、教えに出会える。人に出会える。光に出会える。
そういうことでございましょう。
悲しみ、苦しみは深いほどに、切に求める心が起きる。
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