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2020年11月26日23:55

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「享年60」だけど、薬物だの何だのと事件を起こして来た人だからなのか、妙に「大往生」に思えてしまう。

ディエゴ・マラドーナ、波乱万丈の歴史を年表で振り返る
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=138&from=diary&id=6320969
今朝、起き抜けに枕許に置いたスマホを開けると眼に飛び込んで来たのがディエゴ・アルマンド・マラドーナ(Diego Armando Maradona)の訃報でした。世界のサッカー史に燦然と輝く名声を残し、「唯一無二の存在」とされたアルゼンチンの誇る"不世出の英雄"であることは特段説明を要さないとしても、一方では薬物だの売春だの発砲事件だの何だのと"不世出のトラブル・メーカー"だったのがマラドーナであり、サッカー界から永久追放の一つや二つ食らっても不思議はなさそうに思えるほどの存在とも言えますが、「唯一無二の存在」にして「不世出の英雄」だからこそ世間から恩情の視線を受け、サッカー指導者の道でも足跡を残すことができたことこそ、まさに生涯「唯一無二の存在」であり続けて来た人だったんだなと、記事が綴る年表を眺めて理解できましたね。
9歳でアルヘンティノス・ジュニオルスの入団テストに合格し、14歳でプロ選手に初めて登録、15歳でトップチームデビューし、16歳で初ゴール、またアルゼンチン代表デビュー(当時のサッカー界で史上最年少出場記録)を果たし、17歳で当時のメトロポリタン・リーグ(ブエノスアイレス中心に開催していたリーグ)で自身初の得点王、18歳でA代表初ゴール、19歳でメトロ・ポリタンリーグ得点王、アルゼンチン、そして南米の年間最優秀選手賞を受賞と、10代のうちに押しも押されぬ国を代表するサッカー選手になっていたのですが、20代になってさらにその才能の昇華は続き、21歳でワールドカップ初出場、25歳(1986年)でワールドカップ(メキシコ開催)優勝を経験、大会最優秀選手賞受賞となりますが、22歳で肝炎を発病、そしてワールドカップ優勝後に恋人クリスティアーナ・シナグラとの隠し子が発覚と、このあたりから"不世出のトラブル・メーカー"としての人生が始まると言う感じでしょうね。
26歳で長女、28歳で次女が誕生、29歳でその姉妹の母親クラウディア・ビジャファーネと結婚しますが、30歳の時に売春行為で警察沙汰になりコカインの陽性反応が検出、麻薬所持容疑で逮捕され、33歳の時に報道陣へエアガンを発砲して(負傷者4人)執行猶予付き禁固2年の有罪判決を受けるなど、その"お騒がせぶり"はエスカレートし、33歳で迎えたアメリカ開催のワールドカップ(1994年)では2試合に出場し、1得点の後にドーピング検査でコカインの陽性反応が検出され大会追放と言う事態もあったほどだったようです。
36歳で引退、その前から監督にもなりましたが、39歳の時に心臓発作を起こし、コカインが原因で心臓組織の38%しか機能していないことが判明、42歳でクラウディア夫人と離婚、43歳でコカイン中毒により緊急入院、46歳で肝炎とアルコール依存症の治療のためにまた入院と、健康面の問題も深刻さを増した感じがありました。
そうした中、48歳の2008年にアルゼンチンの代表監督に就任、スコットランド戦での代表監督初采配で1−0で勝利しましたが、当時から"お騒がせぶり"で知られただけに、「まさかこの人が代表監督かよ」な雰囲気、そうした眼差しで見ていた記憶がありますね。
その間、次女に第1子が誕生して初孫を授かると言うこともあり、代表監督ではW杯南米予選で4位を確保して本大会出場権を獲得したものの、記者会見で報道陣に対して暴力的な発言をしたことでFIFAから2カ月間サッカーに関するすべての活動を禁止される事態があり、明けて2010年のワールドカップ(南アフリカ開催)でアルゼンチン代表を指揮、決勝トーナメント準々決勝でドイツに敗れて敗退。その後59歳の2019年までいくつかのクラブの監督を歴任しましたが、昨年に胃の内出血で入院、今年「精神的な問題」を理由に検査入院し、硬膜下血腫が見つかり摘出手術を実施、アルコールを絶ったことによる禁断症状を発症し退院、自宅療養となりましたが、11月25日に自宅で死去したとのこと。
享年60とまだ若いですが、サッカーでも事件でもこれだけ項目があると、何だか"大往生"に見えてしまうのがマラドーナだと思います。合掌。
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