■元大関・琴奨菊が引退会見 「朝起きたらやっぱり体が」
(朝日新聞デジタル - 11月15日 15:11)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=6307193
大相撲十一月場所中日八日目、全勝で賜杯レースを主導していた東大関貴景勝と東小結照ノ富士ですが、貴景勝がこのところ2連敗だった東前頭四枚目北勝富士を低い当たりから絶妙のタイミングで引き落としに退け中日勝ち越しの全勝ターンを決めた一方、照ノ富士が西前頭二枚目大栄翔に立ち合いから回り込まれて激しい突き押しに何もできずに防戦一方、土俵を割って押し出しに屈して一敗に後退、全勝の貴景勝を一敗の照ノ富士、西前頭九枚目琴恵光を寄り切りに仕留めた東前頭六枚目宝富士、東十両四枚目千代丸を寄り切りで制した西前頭十七枚目の志摩ノ海の3人が一敗で追走する展開となりました。
さて、今場所西十両三枚目の番付にあった元大関の琴奨菊が正式に引退を表明、かねてから取得していた年寄名跡である「秀ノ山」を襲名することとなりましたが、幕内復帰を目指した今場所は五日目の時点で1勝4敗と厳しい土俵が続いており、師匠の佐渡ケ嶽親方(元関脇琴ノ若)に引退の意向を伝えたという報道があるほどでした。それによると、再起を促されて六日目の土俵に上がったものの「朝起きてみたら体が言うことを聞かなかった。両国国技館に行く車の中で『勝っても負けても最後にします』と師匠に伝えました」のだそうで、あの「琴バウアー」もその意志の現れで、「応援してくれた方に感謝の気持ちが伝わればと思った」と言うことだったとか。
会見は今日の午後1時30分から始まり、NHKの中継でもダイジェスト的に紹介しており、
内容は
https://www.nikkansports.com/m/battle/sumo/news/202011150000412_m.html?Page=3&mode=all、
https://www.nikkansports.com/m/battle/sumo/news/202011150000416_m.html?mode=all
などに詳しくありますが、「まだできるなら相撲を取りたいのが本音。稽古場に行くとみんなが普段通りにしているのがうらやましい」と語り、怪我が遠因となっての引退であることへの"無念さ"が少々残っているのが窺えますね。
そして、引退力士の会見の定番的な質問としての「思い出の一番」について聞かれた際、晴れやかな表情で淡々と語っていたその口調が急に変わり、「幕下の時とか下の時に…」と切り出すと途切れ途切れになり、続けて「厳しく胸を出してくれた兄弟子とか師匠の思いとか、苦労した時の方が思い出。思い出の一番は全てです」と、右目から涙を流しながら語っていました。優勝した平成28年一月場所のことについては、「本当にすごいことをしたなと思います。部屋に賜杯を持ち帰れたことは、胸を出してくれた兄弟子とか親方衆、師匠に本当に気持ちを伝えられたかなと思います」と語っており、日本出身の力士が10年かかって抉じ開けることのできなかった"扉"を、31歳にして開いたことがこの人の"ベストシーン"だと思いきや、意外な答えと言う感じがありますね。
日刊スポーツの記事
https://www.nikkansports.com/m/battle/sumo/news/202011150001004_m.html?mode=all
で、大関陥落から平幕となった頃に、元大関が平幕で取ることについて「輝ける場所はある。地位で輝けることもある。違った輝きもある。応援してくれる人にしか分からないものもある」とした上で「つらい時に励ましてもらって、今度は私が励ます。勝ち負け以上の闘いがそこにあるから」とコメントしており、「思い出の一番は全て」との答えも、陥落後22場所土俵を務めたのも、なるほどと思える気がします。
「秀ノ山」と言えば、幕内優勝を達成し、協会の理事にもなった先々代にあたる元関脇長谷川の印象が強いですが、今後の「秀ノ山親方」としての若手力士の育成と指導に期待したいと思います。
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