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2020年07月05日15:44

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「ディアベッリ・プロジェクト」ブッフビンダー(2CDs)

【収録曲】
Disc1
1 ベートーヴェン:ディアベリの主題による33の変奏曲 ハ長調 Op.120

Disc 2
2 ディアベリ:ワルツ ハ長調
 <ディアベリの主題による新変奏曲(2020)>
3 レーラ・アウエルバッハ: Dianellical Waltz
4 ブレッド・ディーン: Variation for Rudi (on a well-known waltz by Anton Diabelli)
5 細川 俊夫: Verlust
6 クリスティアン・ヨスト: Rock it, Rudi
7 ブラッド・ラブマン: Variation for R.B.
8 フィリップ・マヌリ: Zwei Jahrhunderte später…
9 クシシュトフ・ペンデレツキ: tba
10 マックス・リヒター: Diabelli
11 ロディオン・シチェドリン: Variation on a theme by Anton Diabelli
12 ヨハネス・マリア・シュタウト: A propos de…Diabelli
13 タン・ドゥン: Blue Orchid
14 イェルク・ヴィトマン: Diabelli-Variation
 <ディアベリの主題による変奏曲(1824)>
15 ヨハン・ネポムク・フンメル
16 フレデリック・カルクブレンナー
17 コンラディン・クロイツァー
18 フランツ・リスト
19 イグナツ・モシュレス
20 フランツ・クサーヴァー・モーツァルト
21 フランツ・シューベルト
22 コーダ:カール・ツェルニー

ルドルフ・ブッフビンダー(ピアノ)

録音 2019年8月19日,20日,イエス・キリスト教会,ベルリン(1&15~22)
   20201月7日,8日,ゼンテザール,ブレーメン(2~14)
DG 4837707(セッション)


「ディアベリ・プロジェクト」は,DGへ移籍したルドルフ・ブッフビンダーがはじめてリリースしたアルバム。ベートーヴェンの「ディアベリ変奏曲」はもとより,アントン・ディアベリが作曲したオリジナルのワルツ,ディアベリの求めに応じた同時代の作曲家による6曲の変奏曲,さらにはブッフビンダーがこのプロジェクトの一環として委嘱した11人の現代作曲家の作品が,このアルバムには収められている。

ベートーヴェンによる「ディアベリの主題による33の変奏曲ハ長調Op.120」は,変奏曲の主題となったワルツの性格を強調した演奏である。この作品はソコロフが弾いたCDで聴くことが多い。ソコロフの演奏はベートーヴェンの変奏曲という側面に光を当てたもので,どこをどのように切ってもベートーヴェンが書いた変奏曲がほとばしる演奏である。一方,ブッフビンダーの演奏はテーマの演奏からしてワルツ,しかも西欧の民衆に親しまれたような素朴な味わいのワルツだ。ディアベリの変奏主題の再現という観点からはブッフビンダーの解釈に軍配が上がるのだろう。しかし,ベートーヴェン達成した変奏曲の革新的な概念を表現するという点では十全な成果を収めているとは言い難い。

ディアベリが創作したワルツの変奏主題は,その音楽的水準の低さゆえに,ベートーヴェンの創作意欲がわかず,ディアベリからの依頼を放置してしまったというエピソードが分かるような気もする。しかし,どこにでも転がっているありふれた鉄製品のようなテーマから,黄金に輝くような芸術作品を書き上げようとベートーヴェンに決意させたというパラドックスを内包する。凡庸な主題をもとに,巨大な33の変奏曲を作曲する可能性を見抜いたベートーヴェンの音楽的な才能に驚きを新たにする。

「ディアベリの主題による変奏曲(1824)」の6曲は,伝統的な変奏曲の手法に則って書かれた作品であることは,CDを聴けば分かる。いずれの作品も演奏時間は1分から2分くらいで,渾身の力を振り絞って作曲されたベートーヴェンの変奏曲とは一線を画す小品である。そして古き良き古典派の時代の空気をまとった作品ばかりだ。ただ,伝統的な手法で比較的気軽に書かれた音楽とはいえ,どの作品にも作曲家の個性が明瞭に刻印されているところが面白い。6曲のうち何曲かはブラインド・テストをしても,誰が作曲したか当てられそうな気もする。たとえば,リスト,モーツァルトの息子,シューベルトなど。

他方,「ディアベリの主題による新変奏曲(2020)」に含まれる11曲は,21世紀という時代の空気に満ちている。11曲の新変奏曲を聴いていると,いまの時代がこの時代に相応しい音楽語法を求めていることがよく分かる。われわれが生活しているこの時代の雰囲気を表現するには,古典派やロマン派,さらには新ウィーン楽派などのイデオムが役に立ちそうもないことが実によく解る。現在と切結ぶためには,新しい音楽語法が不可欠であることを痛感する。別の言い方をすれば,新しい音楽語法で表現された音楽から現代がどのような時代なのかを理解できるといってもいい。細川俊夫がディアベリ変奏曲に「Verlust」(喪失)という題名を付けた理由は不明だが,作曲家がこの時代を喪失の時代と捉えていることは,この作品を聴けばよく分かるし,現代の一側面を見事に捉えていることも一聴瞭然。タン・ドゥンの「Blue Orchid」(青い蘭)も,作曲家の鋭い感性で捉えたこの時代を独特の音楽的な表現で表出している。現代には現代音楽家が欠かせないことの説得力に満ちた証拠を突きつけられたようだ。

「ディアベリ・プロジェクト」は様々な要素から構成されているが,最も顕著なのはベートーヴェンが成し遂げた当時の変奏曲という概念を根底から覆し,遥かな高みへと押し上げた偉業である。そして,この偉業もその頃の時代精神に裏打ちされた成果だろう。
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