クセートラ(土地)とは、人間の体や心も含め、現れている世界のことを意味します。
クセートラニャヤ(土地を知るもの)とは、現れた世界の源であるブラフマン(普遍の存在)を意味します。
世界を支える源について、詳しく見ていくのが第13章です。
バガヴァッド・ギーターはヴェーダ(聖典)のエッセンス「タット トヴァン アシ(あなたは全体です)」を解き明かす聖者ヴァーサによって書かれた敬典です。
1章から6章は、個人の真実についてアートマン(真我、真実)、ブラフマン(普遍な存在)について教えを説きます。
7章から12章では、世界についての真実「イーシュヴァラ(全体世界)」について教えます。
最後の13章から18章では、個人とイーシュヴァラ(全体世界)は全く同じ1つの真実であることを説明します。
この13章から後の章で強調されるポイントは、個人と全体世界であるイーシュヴァラ(全体世界)の同一性についての教えです。
クリシュナは3つの関係、“知る者、知識を得ること、知識の対象” について、そして肉体や感覚を含めた世界と、世界を現わしている真実について語ります。
体とは、喜びと痛みを経験するクセートラ(土地)であると言われます。
そしてこの体は、物理的な肉体、感覚、考えなど微かな体、原因の体と3つに分かれています。
クセートラニャヤ(体を知るもの)といわれるのは、自分自身の本質すなわち、アートマン(真我、真実)、ブラッフマン(普遍な存在)であるサット(存在)・チット(意識)・アーナンダ(無限)です。すべて現れを支え、満たし、変わることなく、静かにすべてを見ているサークシー(目撃者)としても示されています。
この章の中でクセートラ(土地)とはプラクルティ(可能性、根本原質)の現した世界として説明されています。
プラクルティ(可能性、根本原質)の源は、この章ではクセートラニャヤ(土地を知るもの)という言葉で説刑されています。
ブラフマン(普遍な存在)は始まりもなく、変化もなく、質もなく、すべてを支え、3つのグナ(質)からも自由です。それは万物の外にあり、内にあり、不動であり、微細である故に、人の五感で確かめることはできません。。それは “存在・意識” を意味しています。
すべての変化や質は、プラクルティ(可能性、根本原質)、マーヤー(力)から生まれます。体・感覚・喜び・痛みの経験もプラクルティから生まれます。それらを機能させ、知性に認識させ、知覚させている “意識・存在” がプルシャ(本質・実存)です。プルシャはすべてに満ちているのでアーナンダ(限りのないこ)ととしても示されています。
これを理解する人を賢者といいます。賢者はどういう心をもって真実を理解するのか。モークシャ(自由)に至る知識のためには、心と知性がどのような状態であるべきなのか。その知識を理解するための方法についてもこの章で述べられます。
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