【プログラム】
ラモー
1 ”クラヴサン曲集 組曲 ホ短調”より
鳥のさえずり/リゴードン�機Ν�/ロンドー形式のミュゼット/タンブラン
村娘(ロンドー)
ロンドー形式のジグ/ロンドー形式の第2のジグ
ドビュッシー
2 スティリー風タランテッラ(舞曲)/”子供の領分”より第4曲「雪は踊っている」
”前奏曲集 第2巻”より第8曲「オンディーヌ」
ラモー
3 ”クラヴサン曲集 組曲 ニ長調”より
優しき嘆き(ロンドー)/つむじ風(ロンドー)/ミューズたちの語らい
喜び(ロンドー)
1つ目の巨人(ロンドー)
ドビュッシー
4 ”ピアノのために”より
プレリュード/サラバンド/トッカータ
〜〜〜 休 憩 〜〜〜
ドビュッシー
5 ”前奏曲集第2巻”より
第5曲 ヒースの茂る荒れ地
ムソルグスキー
6 組曲「展覧会の絵」
(アンコール)
J.S.バッハ(ストラダル編): ”オルガンソナタ第4番BWV528”より第2楽章アダージョ
シグヴァルディ・カルダロウンス: アヴェ・マリア
ヴィキングル・オラフソン(ピアノ)
2019年12月6日(金),19:00開演,札幌コンサートホール
ヴィキングル・オラフソンはアイスランドで生まれ,ジュリアード音楽院で学んだ若手ピアニスト。2016年ドイツ・グラモフォンと専属契約を結び,「フリップ・グラス:ピアノ・ワークス」で鮮烈なデビューを果たす。次にリリースされた「バッハ・カレイドスコープ」は,グラモフォンからリリースされたバッハのピアノ作品集の中でも最高傑作と評され,世界各地のアルバム・オブ・ザ・イヤーに選ばれる。2019年BBCミュージック・マガジン・アワードの「ベスト器楽アルバム」と「アルバム・オブ・ザ・イヤー」を同時受賞する。また,英グラモフォン賞「アーティスト・オブ・ザ・イヤー」にも輝く。そのほか,ジョン・アダムズのピアノ協奏曲第2番をフランス放送フィルハーモニー管弦楽団とフランスで初演するなど,各地で名門オーケストラとの共演やソロ・リサイタルを重ねる。
オラフソンの演奏会を聴こうと思ったきっかけは,地元のホールで受け取ったこのリサイタルのチラシ。チラシにあるプログラムを見て面白そうだと思った。ラモーとドビュッシーの取り合わせが斬新である。それにムソルグスキーの「展覧会の絵」を組み合わせている。このピアニストは何を考えているのか俄然興味が湧いてきたのである。
国内4都市で開催されたオラフソンのリサイタルのひとつを聴くことができたのは,幸運だったとつくづく思う。新しい才能に出会えたのはもちろん,彼のリサイタルを聴いてこれまでにない刺激を受け音楽的な視野が拡がったように感じたからだ。プログラムに「展覧会の絵」を入れたのは興行的な成功に歩み寄った面はあるのだろう。しかし,ただの人気ピアニストとは違う選曲であり演奏である。
前島秀国氏のプログラムノートによると,「いわゆる全曲集をカタログ的に演奏するのは興味がない。同じ傾向の曲が続いて退屈になるから。それよりは,比較的知られていない小品をバランス良く含め,多面的な側面を示したい」というのがオラフソンのポリシーらしい。このプログラムの構成意図を「音楽における絵画性」あるいは「音楽における映像性」と前島氏は推測する。いわゆる印象主義の作曲家といわれるドビュッシーは,絵画や物語さらにはさまざまな情景に触発され,そのイメージを生き生きと描いた作品を残している。オペラを数多く作曲したバロックの作曲家ラモーも,「現実の事象や風景あるいは神話を描いた鍵盤楽曲(クラヴサン曲)を書き残している」。作曲の際,「ラモーは古典舞曲による組曲,すなわちフランス古典組曲というフォーマットを用いた」。そして「ベルガマスク組曲」を持ち出すまでもなく,ドビュッシーもまた,明示的ではないにせよ舞曲の形式を活用した。このリサイタルでオラフソンは,「民族舞曲(フォークダンス)と関連の深い楽曲をラモーとドビュッシーの作品の中から意識的に選曲し,かつ両者の作品をサンドイッチするように組み合わせながらラモーとドビュッシーを”対話”させることで,聴衆の好奇心を音楽的かつ知的に刺激しよう」という試みだとプログラムノートの書き手はいう。そう言えば,ムソルグスキーもロシア随一のオペラ作曲家であり,「展覧会の絵」は組曲の形式で書かれている。
オラフソンは,約2世紀の時空を飛び越え,西洋音楽の源泉のひとつともいえる舞曲の形式で,フランス音楽の伝統を受け継ぐラモーとドビュッシーを結び合わせようとしたのだろう。アイスランド出身のピアニストのややひんやりとして澄み切ったピアノの響きは,フランスの音楽的伝統を明晰に表現するのにふさわしい。まるでオックスフォードかケンブリッジで学業に励んだかのようなオラフソンの知性あふれる風貌も,彼のアプローチの助けになったことは確かだろう。さらに,知的な外見とピアノの明晰な響きが相まって,オラフソンの新しい試みに現代的なテイストを付け加えているのも彼の強みだろう。オラフソンのステージに接していると,このようなプログラムでリサイタルを行うことが,あたかも必然であることを強く印象付けられる。作曲者の意図を忠実に再創造するという次元を突き抜けて,ある小品の斬新な配列によって作品の隠れた側面に光を当て,さらにその集積によって音楽作品の意味を新しく創造する演奏にきこえる。それは面白さを通り越してエキサイティングですらある。ホールの入口で渡されたプログラムには,曲と曲との間の拍手は控えるよう書かれた紙が挟まっていた。リサイタルの意図を実現させるための演奏者からの要望だ。
近頃,閉塞気味で停滞していた音楽を聴くという楽しみの視野が一挙に拡がり,音楽を聴く行為が活性化した。秀でた音楽的な才能を持つ演奏家の挑発的なコンサートが,音楽を聴く側に与える計り知れない影響の大きさに驚く。このリサイタルが終わる頃には,ホールに集まった音楽好きの人たちも,オラフソンのリサイタルの熱狂的な支持者に変わっていた。これまで鳴かず飛ばずの企画を連発していた地元の招聘元による最終回の逆転満塁ホームランのようなリサイタルに拍手喝采を送る。
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