他人のふり見て我がふり直せ。
相手の態度は、自分の態度の鏡。
私が自分にいつも言い聞かせていることです。
医者の受付で、会計時に、使い回しの診察整理券は、お返しくださいと言われないと、返すのを忘れることは、よくあります。
それに気付いたとある患者さんが、返しにわざわざ引き返して来ました。
言ってくれないと、忘れるちゃうから、ちゃんと言ってくれよな、と言ったのは、すぐだったか、ひと呼吸おいてからだったか忘れました。
整理券を受け取った受付の人は、すみません、も、ありがとうございます、の一言もなかったので、その患者さんは、本人に面と向かって、わざわざ引き返してきたのに、感じ悪い、と言ったので、受付の人は、ありがとうございます、と言いました。
それを見ていて、そういうちょっとした感謝の言葉やすみませんの一言は、相手に寄り添わなければ出ないだろうとつくづく思いました。
受付の人は、お返しくださいを言い忘れたことを棚にあげたら、またか、と思ったでしょう。
でも、わざわざ引き返したのは、ひと手間かけさせたのですから、何度も通院している患者でも、何人めであっても、言い忘れたことと合わせて、ありがとうございますの言葉が自然に出ないのは、相手に寄り添えていないからです。
一方で、日記を書きはじめて思ったのですが、その患者さんは、整理券を返しながら、真っ先に文句を言った気がしてきました。
たしかに、引き返すのは、めんどくさかったでしょう、なんで言ってくれなかったんだと、いらっとしたでしょう。
ただ、それをそのまま相手を責める態度に出したから、受付の人もとっさにムッとして、瞬間的かつ無意識に相手に合わせてた態度になってしまったのかもしれません。
どちらかというと相手に非があっても、それを出すから、相手の態度も硬化するわけです。
その受付の人は、いつも愛想悪いわけではないです。
その何人か後で私が会計した時は、ふつうに愛想が良い方だと感じました。
こんなちょっとしたことなら、譲る精神を忘れたくないなと思いまました。
自分が気持ちよく日常を過ごすために。
もちろん、重大なことや、大事なことは、黙って譲れってことではないです。
そっちにこそ、精神エネルギーを注ぐべきです。
他人のふり見て我がふり直せ。
相手の態度は、自分の態度の鏡。
今回のことも、自分が小さなことで、いらっとすることが多いので、自分に対する戒めです。
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