【プログラム】
武満 徹:「死と再生」(映画「黒い雨」より)
ブラームス : ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲 Op.102
ブラームス : ピアノ四重奏曲 第1番 ト短調 Op.25(シェーンベルク編曲)
(アンコール)
ラヴェル:ヴァイオリンとチェロのためのソナタ第2楽章
郷古 廉(ヴァイオリン)
横坂 源(チェロ)
札幌交響楽団(管弦楽)
マティアス・バーメルト(指揮)
2019年8月24日(土),14:00〜,札幌コンサートホール
8月の定期演奏会で,マティアス・バーメルトが定期演奏会のプログラムとソリストに関して懐いていた構想が実現した。昨年の就任した際に,「邦人作品の演奏」と「若手演奏家の起用」はこれからの定期演奏会の柱になると言明していた。この定期演奏会の締め括りに持ってきた,ブラームス 「ピアノ四重奏曲第1番」のシェーンベルクによる管弦楽版もバーメルトらしい選曲である。
8月定期の冒頭で取り上げられた武満徹の「死と再生」は見事な演奏だった。この作品の表現にこれ以上相応しい音色はないともいえる弦の響きをバーメルトは札響から引き出していた。やや湿り気を帯びた温もりを感じさせる音色。おそらく,技術的にも完璧だったのではなかろうか。この演奏を聴いていて,黒澤明の映画「乱」の映画音楽を札響で収録したいと武満が希望したというエピソードを思い起こす。その伝統は現在も引き継がれていて,武満が聴いても満足すると思われる演奏だった。映画「黒い雨」は,井伏鱒二の同名の小説を原作に,今村昌平がメガフォンをとった作品。1989年の話題作で,数々の賞を獲得している。今回の「死と再生」の演奏は,武満徹の傑作の演奏として優れているだけでなく,この映画を彷彿とさせる演奏でもあった。この演奏を聴いていると,武満徹がドビュッシーやメシアンなどの音楽を消化し切って自分の作曲技法の一部にしてしまい,自分の感性を表現するためにそのイデオムを活用していたことがわかる。武満徹が20世紀を代表する作曲家であることを有無を言わさず納得させる演奏だった。この定期演奏会で最大の収穫である。
ブラームス の二重協奏曲は,一転して力強くダイナミックな演奏。二人の若手ソリストのうち,横坂源が演奏をリードする姿勢が目立つ。そしてリードしようとするだけでなく,ヴァイオリン独奏とオーケストラをも煽り立てるような演奏だった。一方の郷古廉は荒ぶるチェロの手綱を引く役割を演じていたように見受けられる。二人のソリストの駆け引きはドッペル・コンチェルトならではの醍醐味だろうが,この日はチェリストの表現意欲が尋常でないほど強かったようだ。この作品は,交響曲第4番を完成させた後,当初第5交響曲として構想されたらしい。この演奏を聴く限り,晩年のブラームス 特有の諦念に満ちた底光りするような美しさとは無縁の音楽のように聴こえる。若き日の意欲や情熱が蘇ったような演奏だ。もちろん,二人の若手が主導し,指揮者もオーケストラもそれに影響を受けたことは確かだろう。しかし,武満徹の演奏から気分転換を試みたことも大きいのではなかろうか。まるで,ピアノ協奏曲第1番やハンガリー舞曲集を弾いているときのようなエネルギーが横溢する演奏である。「死と再生」の反動のような気がしないでもない。
ピアノ四重奏曲の管弦楽版もドッペル・コンチェルトに劣らず威勢の良い演奏。この演奏は二重協奏曲のとき以上に,舞曲が作品の根底にあることを浮き彫りにしたような演奏である。ドイツ音楽の底流にはダンスのための世俗音楽が流れていて,ブラームス の作品にもその伝統が引き継がれているというだけでなく,作曲家自身がその舞踏音楽に魅了されていたことをうかがわせる。シェーンベルクによるオーケストラ用の編曲版は,鋭い耳を持った編曲者が作曲者さえが気付いていなかった原曲の特徴を露わにしたような面も併せ持つ。おそらく,そのようにして天才シェーンベルクは作曲法を身に付けていったのだろう。実際に原曲と編曲を聴き比べると,シェーンベルクの目の付け所がユニークであることもわかる。「死と再生」を聴いて武満徹の才能の偉大さが理解できたように,この編曲を聴いてシェーンベルクの作曲技法の緻密さや豪華でパワフルな響きに驚く。そして,何かシェーンベルクの作曲の原点を垣間見たような気持ちになった。ブーレーズに作曲を学んだバーメルトが指揮をするということで,力強さよりも緻密でバランスの取れた演奏を想像していた。だが実際は,絢爛豪華でダイナミックな演奏だった。もちろん,それらもブラームス なりシェーンベルクの音楽であることに間違いはない。バーメルトはこの作品のそういった側面を全面に打ち出したかったのかも知れない。
武満徹やシェーンベルクの真価に一瞬でも触れたと感じたことは大きな収穫だった。また,札響と武満作品との抜群の相性の良さも,正直なところ意外だった。一方,武満徹の「死と再生」,ブラームス の「ヴァイオリンとチェロのための二重協奏曲」,シェーンベルクが編曲した「ブラームス のピアノ四重奏曲」が並んだプログラムから想像できるように,客の入りは多くなない。定期会員用の席にもちらほらと空席が目に付く。いわゆる「名曲」を欠く定期演奏会に大入りを期待することは無理なのだろう。耳を澄まして聴き入れば面白いプログラムなのだけれど。一つには,たとえ勉強する良い機会だとわかっていたも,知らない曲を予習するのが面倒なのでしょう。新しいことにチャレンジするのが嫌で,広い世界を小さくしているのでは。
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