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2019年07月07日13:22

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「おかげさま」は、誰のおかげ?



彭飛(ポン・フェイ)さんは中国の上海市の方ですが、日本語に何かいろいろな疑問を感じておられるようです。以下、ポン・フェイさんの「“ちょっと”はちょっと」(講談社)より。


世話した覚えはないのに?

ある時、知人に「お子さんはできましたか」と尋ねたところ、「おかげさまで子供ができました」という返事が返ってきた。私は世話した覚えは全然ないので、戸惑ってしまったものだ。この「おかげさまで」の特徴の一つは、特に相手から世話や助けを受けたわけでないのに、感謝の気持ちで挨拶することである。日本人は普通、あたりまえにこのことばを使っているようだが、この何げなさに、日本語の「気配り表現」の特徴があるともいえよう。

大阪では、初めて入った店でも「毎度」と言われ、このことばにも大変驚いたものだ。これも一種の「受益表現」である。初めて行っても常連さん扱いされると、温かい温もりが感じられる。うれしいひとことだった。

この他、「お元気でいらっしゃいますか?」 →「ありがとうございます。おかげさまで、元気にしております」、
「今年は大儲けしたそうですね」 →「おかげさまで、少しはいいようです」、
「息子さんは命にかかわるご病気だそうですが‥‥」 →「おかげさまで助かりました」など、枚挙にいとまがない。

日本の会社に電話すると、必ず返ってくることばがある。
「お世話になっています」だ。

これも、相手を直接お世話していなくても言われる場合が多い。「いつも」をつけくわえられると、ますますキョトンとしてしまう。
確かにこう言っておくと、頼み事があるときには頼みやすく、断りたいときも唐突な感じが避けられる。相手にとって、自分は “見知らぬ人” ではなく、旧知の間柄で脅威を与える者ではないと、安心させる効用があるのではないだろうか。

「何かとお世話になりました」の「何か」も、中国語に訳しにくい日本的な表現である。建築現場に、「何かとご迷惑をおかけします」の立て看板があるのを見たことがある。「受益文」だけでなく、「お詫び文にも使われる幅のある表現と言えそうだ。

三ヵ月前、産経新聞主催のシンポジュウムにパネリストとして呼ばれた。そしてその後、一通の礼状が届いた。開けてみると、「開催当日は何かと不届きの点〜」「今後とも何かとご教示を」などのことばを見つけた。新しい発見だ。「お詫び」、「受益」だけではなく、「懇願依頼」の場合にも「何かと」は使われることがわかった。

この他、「〜に恵まれる」「〜にあずかる」も、よく耳にする。
「恵まれる」とは、「運がいい」「恩恵を受けていることで、よい状態にある」こと
を指す表現で、「彼は役者としての素質にも恵まれている」などと使われる。この場合、素質は本人がもっているものであるにもかかわらず、「おかげさまで」と同じように、自らの力ではなく、授けられたものとして表現されている。
同様の例としては、「才能に/健康に恵まれる」などがある。

一方、「〜にあずかる」は、人から具体的な好意やもてなしを受けた場合に使われ、相手の配慮に気を使った表現となっている。この例としては、「お褒めにあずかり、この上もない光栄に存じます」「お招きにあずかりまして、ありがとうございます」などがある。
このような受益表現は、外国人で使いこなせる人は極めて少ないようだ。

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