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2019年05月07日11:36

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第8章 不滅のブラフマン(普遍な存在)について

この章ではまず、クリシュナは変わることも滅びることもない “存在” は「ブラフマン(普遍な存在)」であるといいました。「ブラフマン(普遍な存在)」は不変でありながら、すべてに満ち、自ら輝き、あらゆるものの源である「サット(存在)」であり「チット(意識)」であるといいました。

そして次に、死の際に人が最後に考えたことが、その人の次の生を決定するといいました。だからこそ人は「イーシュヴァラ(全体世界)」を常に思うことが大切なのだとクリシュナはいいました。

人は肉体を手放しても、感情・感覚・考えなどの集合体である「スークシュマシャーリーラ(微かな体)」(まるで夢の中にあるような実体のない体)と、それを現わす原因である「カーラナシャリーラ(原因の部分)」は生き続けるといいます。

人は肉体を手放した後、「スークシュマシャーリーラ(微かな体)」をとり、夢の世界のような微かな世界にいき、しばらく過ごした後、再び物理的な世界に肉体をもって戻ります。『ヴェーダ(聖典)』には、この物理的な世界を1として、より微かな世界が上に6つ、より重い世界が下に7つ、全部で14の世界があり、人はそのいずれかに行くと説かれています。どの世界に行くかは、その人の考えたことと行いの結果によります。徳の高い行いをしたか、不徳の行いを重ねたかによって、肉体を手放した後行くべき世界が分かります。

僅かな世界の1日は地球の4,320,000,000年に相当すると『ヴェーダ(聖典)』に「ブラフマー(創造者)」記されています。そしてすべての世界の創造という側面は「ブラフマー(創造者)」とよばれます。「ブラフマー(創造者)」の寿命はこの単位で100年あるといわれます。(4,320,000,000年×100)。

☆注意したい言葉
「ブラフマン」と「ブラフマー」。音は似ていますが、2つの言葉の意味は違いますので注意したいポイントです。
 ★「ブラフマン(普遍な存在)」は中性名詞の原型で、「アートマー(真我)」と「プルシャ(本質)」であり、「サット(存在)・チット(意識)・アーナンダ(無限)」です。
 ★「ブラフマー(創造者)」は男性名詞の主語の形で、宇宙の創造を司る法則を示しています。

人は「プンニャ(徳)」を重ねることで「ブラフマローカ(ブラフマの国)」に行き、そこで、そこで「ブラフマー(創造者)」から自分自身についての知識を教わり、真実を理解すれば再び物理的世界に戻ることもなく、肉体を持つこともないといわれます。
どの世界も、“時間・空間・原因” に支配され、人はどの世界にいったとしても、「プンニャ(徳)」の報いの分だけしか楽しむことはできません。「プンニャ(徳)」が尽きたら、個人はまた物理的世界に生まれてきます。
唯一自分自身の真実と「イーシュヴァラ(全体世界)」の真実を知り、その2つが全く同じであるという『ヴェーダーンタ(聖典の最終章)』の意味を理解することで、人は輪廻をめぐり続ける “個人” から脱し、“全体” となり、解放されます。

クリシュナは個人が肉体を手放した後に辿る2つの道について語りました。
1つは再びこの世界に戻ることのない明るい道。
もう1つはいつまでも生死の「サムサーラ(輪廻)」を繰り返す暗い道。
ヨーガを志す者はこの2つの道について知れば、迷うことはないとクリシュナはいいました。
自分が本当に求めるべきことは何か? を知ることによって、根源的な迷いはなくなくなり、自由という1つの目的に向かって専心する生き方ができるといいます。その迷いのない生き方も「ヨーガ」である、といわれます。

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