「いつまでもあると思うな親と金」といいますが、この度,大病をして、
「いつまでもあると思うなこの命」ということを実感しました。
人生の晩年になって、思いがけない腎盂ガン、そして、右腎臓摘出という大手術 !!
人生、何が起きても不思議ではないと心底から思いました。
それでも、90歳以上の人は100人に1人(枚方市人口40万人で90歳異状の人は4000人で1%)、男性に限ってみれば220人に1人。90歳以上の人は、超エリート!ということになります。
ただしそのエリートのその一人も寝たきりでも認知症でもなく、自力で電車に乗り、歩いてヨガに週3回通っているとなれば、珍しいのではないかと自負しています。
よく人から「瀬良さんは元気だ、あなたのようになりたい」、「瀬良さんを目標に頑張っています」とよく言われるようになりました。
そのためにも、生きているかぎり、明るく輝いた日々でありたい。1ミリでも2ミリでも、私の存在そのものが、周囲の手本でありたいと願っています。。
そして後、与えられた人生どれだけでしょう。
毎日毎日の人生の、重みが違います。今が勝負、ということです。毎日が大切な、今、今、今・・・・、です。
笑顔を少しでも多く、明るい挨拶を少しでも多く、小さな親切、小さな幸せを少しでも多くなるように、そして自分に集めるより少しでも、少しでも多くの人に与える生き方ができるよう願う昨今です。
そんな時、「菜根譚前集197」にある次の言葉は、私に新鮮な気持ちと勇気を与えてくれます。
【原文】
日既に暮れ、而も猶お烟霞絢爛(えんかけんれん)たり。 歳将(としまさ)に晩(く)れんとし、而も更に橙橘芳馨(とうきつほうけい)たり。
故に末路晩年には、君子さらに宜しく精神百倍すべし。
【現代語訳】
太陽が沈んで日が暮れても、なお夕映えは美しい光を放ち、輝いている。
一年がまさに暮れようとしているときもなお、橙橘類(だいだいやたちばな)はさらに芳しい香りを放っている。
ゆえに、人生の晩年には、君子はさらに精神を百倍にも奮い立たせて大いに活躍すべきである。
晩年こそ、今までに増して、光輝ける時期でありたい、と思っています。
※菜根譚は、約400年前、中国の明の時代に書かれた人生の書です。すぐれた「人生の書」として、昔からから多くの人に読みつがれ、日本でも、先人たちはこれを「心の糧」とされてきました。短い文章であるが、含蓄ある言葉で一杯です。じっくり読んでみてください。
菜根は、堅くて筋が多い。これを噛みしめてこそ、ものの真の味がわかる。400年前、中国明代の末期に儒・仏・道の三教を修めた洪自誠が簡潔な語録の形でまとめたのが『菜根譚』です。
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