<3>平安と幸福
★ギーター/5-22
(長谷川訳)
感覚器官とその対象によって、快楽が生じる。それらは、結局苦しみの原因になるのだ。
アルジュナよ。初めと終わりがある。。それらの快楽に賢者は耽らない。
(長谷川解説)
人の喜びは、感覚器官と数々の快楽の対象との結合によって生じる。味覚はおいしい食事に、視覚は美しい景色に、聴覚は甘美な音声によって、人は喜び、幸せを感じる。不安定な人の心は、たえず感覚器官の新しい対象を追い求め、惑いつづける。人は、自分の楽しみや物を得られないことから、また得たものを亡くす恐れによって苦しむ。仏陀が言われたように、感覚器官の対象との接触は儚く、常に不安を招く。人はそれらに執着するために、絶えず不幸に見舞われる。永続する平安と喜びを得るために、人は感覚器官の対象物との執着から離れければならない。
(田中訳)
アルジュナよ。感覚の快楽は一時的なもので、終わった後に必ず悲苦を生ずる――故に、賢者は決してこの悲悩の源に近づかず、このような空しい快楽を喜ばない。
(向井田)
好きなものと接する感覚の喜びは、後には苦しみの元になる。感覚が経験できる喜びには始まりがあり、終わりがある。アルジュナよ。賢者は時間と空間に限りある感覚の経験に浮かれ騒ぐことなく、乱れることもない。
(上村訳)
実に、接触から生じる諸々の享楽は、苦を生むにすぎず、始めと終わりのあるものである。アルジュナよ、知者はそれらにおいて楽しまない。
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