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2019年04月07日13:16

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ギーター 7-1(行為と義務)

<7>行為と義務
★ギーター/3-5
(長谷川訳)
人は誰しも、瞬時も何かしないでいられない。プラクリティのグナが、すべての人々を仕方なしに、何かしら行為をさせるからである。
(長谷川解説)
人の生涯は闘争に満ちている。幾度となく人生の闘争に当惑して、人は何かも放棄して、まったく無関心でありたいと願い、そのために、全ての責任から逃れて、為すべき義務からさえ解放されようとする。
ギーターは、人は望んでも行為の場から逃れることができないことを思い出させてくれる。自然(プラクリティ)の全ての生き物及び物質と同じように、人もサットヴァ、ラジャ、タマの三つのグナ(資質)によって成り立っている。そして、それらの三つのグナは人に、瞬時も何らかの行為をさせずにはおかない。それらのグナは、常に全ての人間の中で活動し続けている。各々肉体に覆われた人間は、自分の内に現出するこれらのグナによって動かざるを得ない。
(田中訳)
好むと好まざるとにかかわらず、物質自然(プラクリティ)の性質(グナ)から来る推進力で、ただの一瞬といえども、活動せずにはいらあれないのだ。
(向井田)
この世界で生きるものは、一瞬も動かず、何の行いもせずにはいられない。ずっと座り続けたり、眠ったり、気をしたり、考えたり、死ですら生き物としての活動がある。
この世界を現わしている物質の源から生まれた3つの『グナ(質)』は常に活動を続ける。
純粋『サットヴァ(純質)』、活動『ラジャス(激質)』、愚鈍『タマス(鈍質)』という3つの質が、全ての生き物を一時も止まることなく活動させているのだ。

★ギーター/18-60
(長谷川訳)
お前は、今まで自分の本性によって仕事をしてきたであろう。そして、それに縛られているのだ。迷妄によって、もしお前が、それを望んでいなくても、仕方なしにその仕事をするに違いない。
(長谷川解説・・・人それぞれ、その人のうちに具わっているプラクリティのグナによって決定された独自の性格を持って生まれている。しかし、我々は何かの強力な思想運動、幾人かの人々のっ集会において、また自身がその時の気分によって、自己本来の性質に反する決定を下すことが往々にしてある。最初のうちは、それで幾らか満足できるかも知れない。しかし、それはあくまで自分の性格に沿って為すべきで、それに逆らってはいけない)。
(田中訳)
アルジュナよ。君は迷いのため、わたしの指示に従うのをためらっているが、しかし天性にかりたてられて為(し)ないといっていることを為(す)ることになる。
(向井田)
アルジュナよ。物事を見極めることのない無知と迷いから決断しても、君の生まれ持った性質が君を行いに縛りつけてしまうだろう。たとえ今やりたくないことから逃げたとしても、いつかその性質が君を駆り立て、望まないことをしてしまう。

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