ユダヤ人精神分析学者ヴィクトール・E・フランクフルの「夜と霧」は、永遠のロングセラーといわれています。フランクフルはナチス強制収容所での自ら極限状態において、
「人間とは何か」「生きる意味」を静かに問いかけています。
このフランクフルのある日の一日です。ゲーリー・ズーカフ「魂をめぐる物語」からです。
第二次世界大戦のさなか、ナチスは、ヴィクトール・フランクフルという名の男を強制収所に入れました。
そして、あなたが想像しうる最悪のことを彼に対して行いました。
彼らはまず、彼の愛する人たちを殺害しました。
彼を拷問にかけ、彼のあらゆる所有物を奪い取りました。
身を切るような寒さの中で働かせ、
すきま風が吹き抜けるバラック内の、木の床の上で眠らせました。
しかも、そこは毎晩、寝返りが打てないほどに
多くの人であふれていたといいます。
加えて、それらの人たちには、
生きるのがやっと、という量の食料しか与えられていませんでした。
どうでしょう。こんな映画に出演したいと思いますか?
もしあなたが監督だとしたら、
フランクフルにこのシーンをどうやって終了させたいですか?
フランクフルは、このように演じました。
ある日の早朝、
彼の作業班は岩だらけの道をよろめきながら歩いていきました。
冷たい風が吹いていました。
そんな中、看守たちの罵声を浴びながら、
また銃の台尻でこづかれながら、
彼は自分の人生を変えることになる、あることに気づいたのです。
「自分が到達可能な最高のゴール、究極のゴールは、無条件の愛である!」と。
フランクフルは、被害者にはなりませんでした。
迫害する者たちを憎むことで、自分の価値を低下させたりはしませんでした。
「どうして僕はこんな目にあわなくちゃいけないんだ?」とか、
「こんなこと理不尽だ。ひどい ! 」などとは言いませんでした。
人間は、この種のことを言っているとき、いかなるパワーももっていません。
フランクフルは、魂の偉大さの中に足を踏み入れました。
彼は主人公(彼自身)を、「憎しみをたぎらせ、復讐を誓う人物」や、
「屈辱の中で力尽きる人物」などにではなく、
「どんなことがあってもつねに愛を貫こうとする英雄」に仕立て上げたのです。
(以上)
もし、私がヴィクトール・フランクフルの立場にあったら・・・・・・?
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