「優雅に見える白鳥、水面下で激しく足を動かす」という言葉があります。
<優雅に泳いでいる風に見えて、水面下では必死に足をバタつかせて泳ぐ白鳥>
目に見えないところで一生懸命に生き、努力しているということです>
伊与田覚先生の「中庸」(致知出版)より、以下転載します。
松下電器産業(現パナソニック)の創業で、経営の神様と呼ばれた松下幸之助さんは、小学校4年で中退しています。お父さんが米相場に手を出されて失敗し、松下さんは卒業する前の年の12月に大阪に丁稚奉公に行くことになりました。しかし、次々と新しい事業を興し、それを成功させてきたのですが、その松下さんがこういっています。
「何か大事をなそうと思いついたら、1万回の祈りを捧げることが大切だ」と。
「祈るということは考えることです。ずっとそのことを考え続ける。一日に1回だけ考えたら1万回やるためには30年かかりますが、3回思ったら10年、一日に10回なら3年になります。意志の上にも年といいますが、そこまで考え続けると、ある時、ヒョッと兆しが現れてくるんです」。
祈りを1万回やれと言われても、なかなか出来るものではないと思います。この小さな努力を積み重ね、継続したことが、松下さんを成功させた一因かもしれません。
松下幸之助さんは、真から、自分は運がいいと信じておられました。実際に運がよかった。それも、自ら信じる努力があったからこそです。松下幸之助さんは、かつて「私は本当に運のいい男だと1日に20回も言いました」と言われたことがあります
中国古典「中庸」に次の言葉があります。
人一たびこれを能(よ)くすれば、己はこれを百たびす。人十たびしてこれを能くすれば、己はこれを千たびす。果たして、この道を能くせば、愚者と雖も必ず明らかに、柔と雖も必ず強なり。
人が一度でよくするならば、自分はこれを100度する。他人が10度して成し遂げるならば、自分は1000度繰り返してそれをする。
何事においてもこのようにすれば、たとえどんな柔弱な者でも、大事をやりとげえることができるものだ。
※「中庸」は中国の論語、孟子などの四書五経の一つで、我々を元気づけやる気を起こさせる言葉でいっぱいです。
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