実は今回シアトルで思い出したこと。
アタシ、アメリカ上陸最初の空港がSea-Tacだったの。1980年7月。交換留学で9月からUCバークレーに行くのだけど、「あなた、英語できないし、心配なんですよ」と大学の先生に言われて、夏はSUNY バッファローの夏季英語クラスを取りにいくことに。シアトルに日曜の朝着いて、夜のレッドアイのフライトでバッファローにいくので、シアトルで半日あったの。で、空港で何時間も過ごすのも嫌だし、街に出てみたの。はじめてのアメリカ、初めてのシアトル。日曜日、ってのを覚えてたのと、確か、チケットは7月20日だったんじゃ?って覚えてたので、当時のカレンダーを見てみたら、やっぱり7月20日は日曜だわ。なので、1980年7月20日、レイコさんの初海外、初アメリカの記念日。そして、その記念する土地がシアトルなの。
バスでシアトルのダウンタウンに着いたんだけどさ、日曜なので、なにもかも閉まってて、かつ7月だというのに、冷たい風がビュービュー吹いて寒い。バス停から通りを隔てた向かいにはバスを待つ長いのコートを着た貧乏そうな黒人が数人。で、右も左もわからずに歩いてもどこも開いてなくって、見つけたフリーウェイの下の民家風の一軒家がダイナーになってるところ。日本人学生一人、アメリカ初、英語もできない、というので、敷居は高かったけど、意を決して入ったの。派手な化粧をしたウェイトレス一人のレストラン、ワッフルとコーヒーをオーダー。出てきたワッフルの上にはこれでもかと山盛り乗ってるウィップクリーム。激アマのストロベリーソース。あれがアメリカの洗礼の最初だったわ。1970年代の映画で言えば、Taxi Driver Meets American Graffitiって感じ?今から考えると、スケアクロウで、アル・パチーノが最後に気が狂う街のような感じだったわ。
で、そこがどこだったかがわからないのよね。アマゾンのおかげで今アメリカで一番景気のいい街シアトル。家の値段がここ数年毎年20%近く上がってて、ニューヨーク、サンフランシスコに次ぐ家の高さ。ダウンタウンはショッピングで賑わって、人の行き来が激しいので、当時の面影もどこにもない。フリーウェイが上を通ってる、なんてところはどこにもないし(I-5はダウンタウンの下を通ってる)。シアトルネイティブって人に聞いたら、きっとバス停はFifth Avenue と Pike St辺りなんじゃないか?と言われたけど、行ってみたら、それより一ブロック南、Fifth AveとUnion Stのところじゃないかしら?って感じ。でも、その辺りは、今、建設中で大きな穴があって、建設クレーンがそびえたってるの。なので、全然確証はなし。もしあの当時の写真や地図があったら、見てみたい。どこだったのかしら?
でも、どうしてあの時、そこから海のある西側に歩いて行かなかったのかしら?ダウンタウンからフリーウェイは東の方なのでアタシはきっと東に向かって歩いて行ったのよね。西側に行ってれば、有名なPike Placceの観光地があったのに。そんなことも知らず、そのダイナーでワッフルを食べ終えて、またバスに乗って空港に戻ったアタシ。初アメリカなのに、セクスもなしに。それからバッファローでの7週間もセックスしなかったので、期待に外れて日照ってたレイコさん。なんであんなんだったのかしら?
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