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2018年04月10日10:46

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請求書の人生と領収書の人生

集める生き方と与える生き方

人の生き方には集める生き方と与える生き方の二つあると思います。
集める生き方とは地位、名誉、財産、賞賛などを集めることが生きる目的である人生です。
与える生き方とは、人に幸せ、勇気、喜び、施し、助けなど、相手のことを思う、すなわち共存共栄を願う人生です。

このことは、一日の生活の中で自分のためにだけではなく、他人のためにどれだけ時間を使っているかという問題でもあるとおもいます。

請求書の人生と領収書の人生


また、人生には請求書の人生と領収書の人生との二つあるとも言えます。
鍵山秀三郎氏には次のように述べています。
“もっと、もっと、もっと”と際限なく求めて欲しがって生きるのは、「請求書の人生」であると、知人の有吉説志様から教えていただきました。

有吉様は、幼い頃お祖母さんから、寺社にお参りした時は「ありがとうございます」と請求書ではなしに領収書のお参りをしなさい、と教えられたそうです。
求めるばかりではなく、今与えられているものに感謝の心を持つ「領収書の人生」です。

日本には領収書の生き方をしている方が大勢おられますが、そういう方は世間から注目されることはありません。

請求書の生き方をする人が派手で目立つのに比べて、領収書の生き方をする人は地味で人目につかないところが共通しているからです。

誰からも注目されず、光の当たらないところで、いつ報われるか分らないことにも、心を込めて取り組んでおられるそのお姿からは卑しさは微塵も感じられません。

他人に頼ったり、求めたりすることなく、人の役に立つことだけを念頭において、一途に歩み続けるお姿は、人を惹き付ける豊かな魅力を備えています。
・・・・・・・以上、月刊誌「致知」2007年12月号より。

昨今、もっと多く、もっと快適に、もっと偉い人になりたい、・・・・、そして、「自分だけ」「お金だけ」「今だけ」という生き方の人が多くなっているように思いますが、これらは、すべて集める生き方であり、請求書の人生です。

考えてみれば、自分のものは一つもありません。私たちは、裸で生まれました。まったく無一物、ゼロです。すべて与えられたものばかりです。すべて領収書の人生です。

この事にどれだけ目覚めることができるか、そして、感謝できるか、そのお返しとして、どれだけ他に与えることができるか、これが身魂磨きのすべてだと思います。

そして、自分の存在によって、周りのすべてに、人に、社会に、生き物に、自然に、地球すべてにどれだけ与えることができたかによって、その人の人生の価値が決まってくるのだと思います。

(請求書の生き方を説く鍵山秀三郎氏=イエローハットの創業者は、また、日本を美しくする会の相談役でもある)。


私も来る29日には90歳の誕生を迎えます。昭和3年(1928年)神戸市に生まれ、山口県宇部市、満州鞍山市、大阪市、和歌山市、高松市、草津市、枚方市とよくもこんなに長く生きてきたものだと、今更ため息をつくようにその時その時のことが思い出されます。

いろいろ思い出されます。楽しかったこと、嬉しかったこと、反省すること、本当にすまなかったという思い、そしてその積み重ねがいまの私です。

もうまもなく90歳にな小生、体力も知力の低下も大きく落ちながら、この今の人生、この何年かの余命を、私に何ができるか、何をすればいいのか、どう生きるべきか、それだけを思いと日に日に強くしています。「請求書の人生と領収書の人生」、いま改めて私への課題を与えられたようです。



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