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2018年02月23日17:21

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「王政復興の大号令」を決めた西郷さんの一言



明治維新は、日本史上、、かつてないほど多彩なドラマに満ちていますが、その壮大なドラマのクライマックスというべきものは、たはり慶応3年(1867)12月9日の「王政復興の大号令」の発布でしょう。もし、それがなかったら、明治維新は失敗に終わり、日本は収支のつかぬ混乱に陥って、ひいては欧米の植民地にされていたかもしれません。

いわば幕末維新史の“分水嶺”が、「王政復興の大号令」なのですが、その夜の「小御所会議」では、幕府寄りの意見と、新政府側の意見が激しく対立し、会議は行き詰まっていました。そして、しばらく休憩になります。

この時、西郷さんは、御所の警備をしていたのですが、休憩中に参議の岩下佐治右衛門が、西郷さんを呼び、“どうしたものか・・・”と相談します。おそらく複雑な議論を戦わせているうちに、みんなが進むべき「大きな方向」を見失い、“迷子”になりかかっていたのでしょう。

その時、西郷さんは、たった一言こう言って警備に戻ったといいます。
「何も難しいことではない。短刀一本あれば、ことは決するでないか」

きっと、この言葉には、こういう意味が込められていたのでしょう。
“もはや事態は、どううまく説得するか・・・などという段階ではない。結論は、はっきりしている。問題は、あなたたちの覚悟だ。あなたたちは今、国のため相手と刺しちがえるくらいの覚悟をもって議論しているのか”

この言葉が岩倉具視に伝わって、きっと岩倉は「ハッ!」と目が覚めたにちがいありません。。再開された会議で、岩倉は覚悟を決めて発言しはじめます。すると、そのあと会議はすんなりと進行していきました。こうして歴史の歯車は、明治維新の大業へと大きく動きはじめることになるのです。

西郷さんは、リーダーというものは細かい議論で“迷子”になってはいけない。大局的に
ものごとを見て、「私たちはどこに行こうとしているのか」ということを、まわりの人々に“口先だけ”ではなく、“覚悟で示す必要がある、ということを教えています。

・・・松浦光修「南洲翁遺訓」(PHP)より。

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