以下維新研究会「維新最高の業賞を受けた西郷隆盛」と題して次のように述べています。
戊辰戦争の論功行賞は函館戦争が終わったあと明治2年(1869)6月2日に行われた。
このとき西郷43歳。薩摩の西郷隆盛と大久保利通、長州の木戸孝允(桂小五郎)を「維新の三傑」とよぶが論功行賞もそれにふさわしいものだった。
なかでも西郷の維新の功績に対しては賞典禄2千石という最高の栄誉であった。大久保と木戸は千8百石、大村益次郎が千5百石である。伊地知正治、板垣退助、吉井孝輔がそれぞれ千石。鳥羽伏見の戦いの総督仁和寺宮嘉彰が千5百石、有栖川宮熾仁が千2百石の賞典禄を受けた。これをみても、西郷の功績がどれくらいのもだったがよくわかる。
日記「大人物・大西郷さん」(2018年1月16日)で次のように述べました。
「政治的才能とか、知識とかいう点ではいざ知らず、人物ということになれば板垣伯のいわれたように、西郷○○○○大久保○○○○木戸ということになるのではないかと思う」。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1964713402&owner_id=5089039
バラの花を触っているといつの間にかバラの香りが身体に移ってきます。私も大西郷に何度も何度も書を通じて触れることによって1ミリでも2ミリにでもよいから人間的な大きさに影響してほしいものだと思っています。
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