今日は紅葉も最後の段階。
お寿司を買ってきて、寿司つまみながらのんびり鑑賞。
風が吹くと紅葉が落ちる。地面には、ふかふかのじゅうたんのごとく枯れ葉が積もっている。今夜風が吹けば、大半が散ってしまう?
お掃除が大変です。
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引用の記事は、「誰かの責任を追及したとしても、亡くなられた方々の命が戻るわけでもなし。」と私は思うが、責任を問いたい人たちも気持ちもわかる。
だが、そもそも、地震に対する対策意識は日本人なら皆持っているはず。
まあ、危ない建物の中で地震を迎えたくはない、私は少なくともそう思うし、逃げられないような場所に長い時間いることはない。
元々、地震の少ない国、あるいは地域はある。
そういった国や地域に行くと、日本では考えられないようなものが建てられていたりするのだが、それはそれで別に大丈夫なのだろう。
メキシコの地震は教訓として大きい具体例の一つ。
崩れた建物のコンクリートの中から、「発泡スチロール」が出てきたとか?
鉄筋が入ってない、以上の、とんでもないレベルだと思うが、手抜き工事もそこまで行けばあきれて笑うしかないレベルだと感じる。
ヨーロッパには地震の影響が小さい地域もあって、建築技術もまちまちで発展してきた。ニュージーランドは、移民が始まった初期なら、そうしたまちまちの技術で耐震レベルの低い建物も建てられた可能性もある。
とはいっても、大きな地震が来れば、そうした建物は崩れてしまうのだから、建国から何百年も経過すれば、耐震レベルの低い建物が残っている、と考えにくい部分はあったかもしれない。
でもまあ、大きな揺れが来るのは、ほとんどが震源の近く。耐震強度が足りないまま何百年も生き残る建築物がない、とは言えない。
古い建物は、疑ってかかるしかないし。
新しい建物なら、手抜き工事とか、設計強度不足とか、まあ人間がやりがちな事象を考えてそれを行動に反映させるべきなのだろう。
語学学校に留学していた方々は不運だと思う。海外の建物の状況を日本にいながら調べるのはさすがに困難だろう。ただ、現地に行った人が、何の疑問も持たなかったのか、それとも不安があっても仕方なく授業を受けていたのか、その辺は明らかになっても良いのかな、とは思う。
刑事責任まで問うのは、やや難しかろう、それは私の率直な意見だが、そうした方法でしか心の涙を解消できないのなら、どこまでも訴えるしかないんではなかろうか?
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■遺族ら「責任どこに」=NZ地震、訴追見送りに−富山
(時事通信社 - 11月30日 17:00)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&from=diary&id=4882698
ビルが倒壊し多数が犠牲となった2011年のニュージーランド地震で、現地の警察がビルの設計者らの刑事訴追見送りを決めたことを受け、遺族からは30日、「ショックだ」「責任はどうなるのか」と憤る声が上がった。
倒壊したカンタベリーテレビ(CTV)ビルには語学学校が入っており、研修中だった富山市立富山外国語専門学校の学生12人を含む115人が犠牲になった。
同校の川端国昭校長(64)は、30日午前に現地からのメールで訴追見送りを知った。倒壊で自身も四女恭子さん=当時(20)=を亡くした。いずれ起訴されると思っていたという川端校長は、「他のビルは無事だった。なぜ誰も責任を問われないのか」と無念の気持ちを表した。
長女めぐみさん=当時(19)=を失った富山市の堀田和夫さん(62)は、「捜査が長引いており、なかなか起訴は難しいと思っていた」としながらも、「やはりショックだ。とても娘に報告できる内容ではない」と批判。ビルの設計を認めたクライストチャーチ市に対し、謝罪を求めていく考えを示した。
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