母が来てくれた。
昨夜、母から電話があり、下の妹が母に明日でも一度わたしに会いに行ったらと言ってくれたという連絡をもらった。
そして午前11時半頃に母がやってきてくれた。
母はわたしに、
「あんたはここでのんびりと暮らせばいい。機嫌よくここで生活していたのに、わたしが余計なことを言ったばかりに、混乱させてしまったようで、ごめんね。わたしは何かあると、すぐに今頃あんたはどうしているのかと思ってしまうの。そんな愚痴をあんたに言ってしまって、本当にごめんなさいね」
と、わたしと一緒に暮らしたいと言ったことを詫びてくれた。
たしかにここは周囲にコンビニもなければ、駅からも遠い。しかしわたしはここで今しばらく暮らすことにしようと思う。
今回、母の言葉で簡単に振り回された自分の未熟さを痛感した。今回の件で、自分は何がしたいのか、どうしたいのかということを全く考えていなかった。母の近くで暮らしたいというのは、わたしの思い付きレベルしかなく、何一つ具体的に、あるいは現実的な動きにつながっていかなかった。
現実的な動きにつながっていかなかった理由は、わたしの現実、経済的な問題を加えて、やはり�犂�上の空論�瓩離譽戰襪任靴�なかったことにある。
ただ、元気な母の顔を見て、安心したとともに、いましばらくわたしはここで暮らそうと思えたのである。
今日、母が来てくれた。安心した。嬉しかった。
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