■スーパーの野菜1円販売に警告 公取委「過度な安売り」
(朝日新聞デジタル - 09月21日 18:07)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=4776820
意味分かんね〜、社会主義国家日本。ほっとけや、私企業が損してでもやりたいことやってるんだから。なんて思うのは経済学者のアタシだからであって、こういうのは「新古典派がどうたら」「ネオリベラリズムがどうたら」ってHumanitardのSJWに糾弾されるんでしょうね。
しかし、いつもそうなんだけど、この「過度の」って言葉。「過度」ってことは規範的な言葉だから、それを言う時には、何をもって最適とするのか、どこからが行きすぎなのか、ってのがあるはずよね?「首都圏への過度の集中」とかよく言うけど、「じゃ、最適な東京の人口はどれくらい?」って聞くと答えがない。適正価格が労働・資本に限界生産性までちゃんと払われる、ってことなら、それを提示して「これ以上下げてはいけません」とかいうのか?
アメリカでもそう。「過度の所得の不平等」とか「世代間の移動が少なすぎる」とか言うくせに、「じゃ、最適な不平等、最適な世代間の移動はどうなの?」って聞くと、それに答えず、「今のままではだめなんです!」って感情論のみ。だってさ、だれもどれだけ頑張っても怠けてたものと同じ報償しか得られない社会に住みたくないでしょ?子供を塾に行かせて、いい学校出したけど、仕事に就くのも、収入もクジで決められて、世代間移動率100%の社会に住みたくないでしょ?
だから、ちゃんとなにが「適正」なのかを言ってもらわんと、恣意的に「過度」なんて言われても、「け、また規則を自分たちの都合のように使ってるのか」としか思えんわけなんだわ、庶民としては。
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