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2017年07月13日22:25

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襲われた桂あやめにとっては、死刑執行されても「事件の終わり」を意味するものにはならないのだろうかね。

死刑執行 負傷の女性落語家は
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=2&from=diary&id=4666362
今日、二人の死刑囚に死刑が執行されたニュースが報じられ、そのうちの一人が「警察庁指定119号事件」、通称「スナックママ連続殺人事件」の西川正勝死刑囚(もう一人は元同僚の女性を殺害したとして裁判員裁判で死刑を言い渡された住田紘一死刑囚)だったとのことで、この記事に桂あやめ(当時は桂花枝)のコメントが報じられているのを見て、「ああ、そうか。あの事件の犯人か」と思い出しましたね。当時の桂花枝宅に隣人を装って部屋に侵入、首を絞められ負傷、現金14万円を奪われる事態となり、119番通報により逮捕に至ったという経緯となりましたが、それから四半世紀ほど経過し、三代目となる桂あやめを襲名、今も関西中心に女流上方落語家として幅広く活躍を続けるこの人としても、まだその恐怖からは介抱されてはいないのだろうと感じましたね。記事のインタビューでは「事件以降ずっと、西川死刑囚が戻ってきてまた襲われるのではないかという恐怖を感じていた。死刑が執行され、安心感はあるが、それは4人の方が命を奪われたからだと思うと複雑な気持ちだ。私は健康で仕事ができ、子どもを持った。4人の被害者にもそれぞれに人生の展開があったはず。それを突然奪われた無念を思うと西川死刑囚を許すことは絶対にできない。生きている私が『許せない』と言い続ける必要があると思う」と語ったようですが、事件の被害者で犯人の逮捕の足掛かりを作った張本人であるこの人が、恐らく言葉を選びながら淡々と、冷静に口にしたであろうこの話に、説得力というか、感情論とかが入る余地のない理性を感じましたね。
と言っても、桂あやめの師匠である五代桂文枝(つなみに、桂あやめの先代で、入門から暫くの間名乗っていた)の自叙伝では、警察の事情聴取には気丈に応じていた当時の桂花枝が経緯を報告すべく文枝宅に電話を入れたところ、師匠の声を聞いた途端に泣き崩れてしまったとあるので、まだ30歳前の若手女流落語家だった桂花枝にとっては、とても重苦しい、お笑いの世界で仕事を続けていく気力の維持が続くのかもわからないような不安の中にあったのかもしれませんね。
死刑執行について、金田勝年法相は今日の会見で、「いずれの事件も、誠に身勝手な理由から被害者の尊い人命を奪うなどして極めて残忍。被害者や遺族にとって無念この上ない事件だ。慎重な検討を踏まえたうえで、死刑執行命令を発した」と述べたそうで、この死刑囚が再審請求をしていたことについて、そうであったとしても「一般論として、再審請求の手続き中はすべて死刑の執行命令を発しないとなれば、請求を繰り返す限り(執行の引き延ばしを図るために同じ理由で再審を繰り返す死刑囚もいるらしい)永久に刑の執行を為し得ないことになり、刑事裁判の実現を期することは不可能となる。再審請求中であったとしても、当然に棄却されることを予想せざるを得ないような場合は、死刑の執行を命ずることもやむを得ない」とも語ったとか。
法務省が今回の死刑執行に関連したコメントで「死刑は人の生命を絶つ極めて重大な刑罰で、慎重な態度で臨む必要はあると考えているが、法治国家では、確定した裁判の執行が厳正に行われなければならないのは言うまでもないことだ」としていますが、人を殺める犯罪の最高刑が死刑である以上、100人も超える死刑囚が刑の執行を引き延ばしにされている現状は、事件の被害者やその遺族にとっては不当であり、国際的な潮流が「死刑廃止」とされていると言われても、かつ、日弁連が「死刑廃止」を支持、主張していくとしていても、(大多数の)国民感情からは相容れないのも言うまでもないことでしょう。桂あやめが語ったコメントも、死刑執行があってこうした心情に至ることができたとも言えると思います。
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