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2017年06月16日07:43

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たいら母の一族の話 その10

中国大陸に行ったきりだった祖父が帰ってくると、家族の食卓は一変した。
今までは別々に食事をとっていた薫兄さんも同じテーブルに着くことになったのだ。
長方形のテーブルの一端の上座の側に祖父が座り、
その両隣には長男の薫兄さんと跡取り娘の温子が座るはずだったが、
温子はテーブルの反対の端に座っている祖母の隣に座った。もちろん、逆隣は須磨子だ。
と言う訳で、祖父の隣で薫兄さんの向かいは潔子の席になった。


祖父は朝食はもちろん、時間が許せば夕飯も家族と一緒に食べ、
子どもたちに近況を聞こうと話しかけた。

 「お勉強は進んでいるかい?」

先ず、祖父は跡取り娘の温子に声をかける。
宿題の邪魔をする潔子を怒鳴りつける時の威勢の良さはどこへやら、
温子は顔を伏せたまま蚊の泣くような声で「はい」と応える。

 「温ちゃんは下ばかり向いていないで、
 お話しする時は顔を上げて相手の目を見た方が良いな」

と言うと、温子は相変わらず下を向いたまま「はい」と返事をするのみ。

話が続かないので今度は須磨子に声をかけようとして、
食べ物の好き嫌いの多い須磨子が嫌いなおかずをよけているのに気づき、

 「須磨ちゃんはもう少し好き嫌いをなくした方が良いな。
 嫌いなおかずも一口くらいは食べなさい」

と言うと、須磨子は半泣き状態になってしまった。
食べ物の好き嫌いのほとんどない潔子は、須磨子の好き嫌いの多さは信じられなかったが、
今日は祖父が神田の白十字堂でお土産に買ってきたショートケーキが
食後のデザートにでるのを知っていたので、
一刻も早くケーキを食べたくて、

 「須磨ちゃんが嫌いなら、わたしが食べてあげるよ」

と須磨子の皿に手を伸ばそうとして、

 「潔ちゃんが須磨ちゃんのおかずを食べちゃダメだよ」

と祖父に叱られ「ごめんなさい」と言って思わずぺろっと舌をだしたが、
なぜか須磨子は一層険しい目で潔子を睨みつけた。
たぶん、潔子が余計なことをしたせいで自身も祖父に叱られたと思ったのだろう。
しかし、潔子はそうした須磨子の気持ちには全く頓着していなかった。
そのやりとりを、苦々しく見ていた祖母と温子の気持ちも……。


デザートに真っ赤なイチゴが載ったショートケーキが運ばれ、

 「潔ちゃんのお待ちかねのケーキがきたよ」

と祖父がニコニコしながら言うと、潔子もニコニコ顔で「うん、待ってた」と応えた。
かなり裕福な家庭だったとは言え、
月に何回もショートケーキにお目にかかれるような時代ではない。
潔子は大好きなイチゴは最後に食べようと皿の隅によけ、
先ずはクリームとスポンジの本丸の攻略を始めた。
白十字堂のケーキはかなりボリュームがあったので、
未だ幼い潔子はなかなか本丸を攻めきれずゆっくりとフォークを進めていった。
すると、隣に座っていた温子のフォークがすっとイチゴを掠め取り、

 「潔ちゃんが嫌いなら、わたしが食べてあげるよ」

と言うが早いか、イチゴを口の中に放り込んだ。
潔子は一瞬ことの展開が飲み込めなかったが、
大好きなイチゴをとられたと分かると大声でワンワン泣き出した。

温子の行動が、先ほど潔子が須磨子にやったことの意趣返しなのは明白だったので、
祖母も須磨子も敢えてなにも言わなかった。
祖父は先ず温子を叱るべきか、泣き止まない潔子を宥めるべきか躊躇していた。
すると、今まで一言も発しなかった薫兄さんが、

 「潔子ちゃんには僕のをあげるよ」

と言って、自身のケーキにのっていたイチゴを潔子の皿に置いた。
現金なものでイチゴが食べられるとなったら潔子は即泣き止み、

 「ありがとう薫兄さん」

と満面に笑みを浮かべながらお礼を言った。
そのやりとりを微笑ましそうに満足げに眺める祖父。
そして、その祖父を複雑な表情で見つめる祖母と、祖母の表情を見て潔子を睨む姉たち。
こうして たいら母は自身では全く気付かないうちに家内で微妙な立場になっていった。

                                                   (第一部完)
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