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2017年06月12日10:37

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シスター鈴木秀子の臨死体験


先日の日記「心構えが変わったら末期がんが治った」(2017年06月03日)で、アニータ・ムアジャーニが臨死体験後、信じられないようなことが起き、大きな気づきを得たとき、彼女の体から奇跡的にガンが消え去ってしまった、驚いた医者がそれを学会で発表したのというお話を紹介しました。

アニータ・ムアジャーニアの体験談は、「喜びから人生を生きる! 臨死体験が教えてくれたこと」 に詳しく、」45カ国で100万部超のベストセラーになっています。

同じく臨死体験をされあた鈴木秀子の奇跡的な実話を神渡良平「言志四録の人間学・苦しみとの向き合い方」より紹介します。。

輝く金色に包まれたシスター鈴木の臨死体験

東京大学矢作直樹教授の臨死体験と同じようなものを鈴木秀子元聖心女子大学教授も経験している。シスター鈴木はハワイ大学やスタンフォード大学、そして聖心女子大学で日本近代文学を教え、心理学や精神医学の成果でもある性格論あるいは人間関係論ともいえるエニアグラムを日本で初めて紹介したシスターで、国際コミュニオン学会名誉会長でもある。

昭和52年(1977)、シスター鈴木は神戸市の甲南女子大学で行われた日本近代文学会に出席し、続いて、奈良女子大学で開催される全国大学国語国文学会に出席する予定で、奈良市郊外の「善きサマリヤ人会修道院」に泊めてもらった。

夜半起きたシスター鈴木は他のシスターたちの迷惑にならないようにと、廊下の電灯をつけずに歩いていたら階段を踏み外し、廊下に転げ落ちて気を失ってしまった。

転落してどのくらい時間が経ったのか――気がつくと、シスター鈴木の体はまっすぐに立った姿勢で、空中に浮かんでおり、その浮かんでいる体を、もう一人の自分が高いところから見下ろしていた。足元は筍の皮のようなもので覆われていて、それが一枚、また一枚とはがれ落ちていく。はがれ落ちるたびに、意識は自由になっていた、

(ああ、これで人の目を気にしなくてもいいんだ。これで人との競争からも解放された。もうひとを恐れなくてもいい。私は自由になったんだ・・・・)

そのときのことを、シスター鈴木は「死にゆく者からの言葉」(文芸春秋)にこう書いている。

「完全な自由への甘美な期待が訪れたとき、私はすっと天空に飛翔しました。そして天の一角から生きた光が私を包み込んだのです、輝く金色の光に包まれ、私は自分の全機能が活き活きと最高の状態になり、互いに調和しているのを感じました。

それはオリンピックの選手がベストコンディションで世界記録を破る瞬間を千倍も高めたものとも言えるでしょう。あるいはニュートンが、リンゴが木から落ちるのを見て、ひらめきを得たあの瞬間の躍動する充満に譬えられるかもしれません。

光は生命そのものでした。まばゆいほどに輝く黄金の光ですが、決してまぶしすぎはせず、私の全存在を包み込む温かい光りでした。私はその光に包まれて、自分の命が、自分の全存在が、完全な生命そのものによって満たされているのを感じたのです。

光は命の充満であり、生きている完全な人格を持つ方でした。光そのもののお方は、私をとことん知りつくし、私のすべてを理解し、許し、私を私としてあるがままに受け入れてくれる生命そのものでした。私は深い一体感に満たされていました」。

臨死体験はしばしばこうした高揚感をもたらす。そして光そのものの存在が、
「私を許し、私を私としてあるがままに受け入れてくれている!」
と感じたとき、限りない解放感に満たされる。

そして、生命の光はシスター鈴木にこの世に帰るように促し、息を吹き返した。
翌日は運動会の後のように、体の節々が痛くて歩けなかった。にもかかわらず心は至福感で満たされていた。翌々日、伝い歩きして廊下に出て、窓を開けた。窓外には秋の光がさんさんと満ち、刈り入れがすんだばかりの田んぼが広々と開けていた。さわやかな風が刈ったばかりの稲束の香りを運んでくる。

その瞬間、シスター鈴木は田んぼや稲や風の樹木やその他ありとあらゆるものとの一体感を抱いた。意識不明だったとき、生ける光の中で体験した一体感が蘇って、何かが根底から変ったと知った――。

光に満ちた至福の世界

そんなある日、イギリス人の友達が一冊の洋書を貸してくれた。レイモンド・A・ムーディの「かいまみた死後の世界」(後に評論社から出版)だ。そこに書かれていたのは、まさしくシスター鈴木が体験したことだった。その後、ドイツの精神科医であるエリザベス・キューブラー・ロス博士の「死ぬ瞬間」(読売新聞社、中央文庫)などが出版され、臨死体験は広く世の中に知られるようになった。

「私に限らず、臨死体験をした人がみな、口を揃えて言うことがあります。そこが輝かしい光に満ちた場所で、死が怖くなくなるということです」。

その体験から11年後の1988年、シスター鈴木はカリフォルニア州のスタンフォード大学で日本近代文学を教えていた。シスター鈴木はその頃、エニアグラムという実践的な人間学に興味を抱き、その勉強会に出席しようと遠出した。ところが日時を間違えてしまって出席できなかったので、そこでたまたま開かれていた祈りの会に参加した。

会が終わるころ、隣にいたオーストラリア人のシスターが日本語で話しかけてきた。その声とイントネーションを聞いた瞬間、シスター鈴木はハッとした。

まさか?と思って、あなたは11年前、奈良の修道院にいらっしゃいませんでしたか? と訊ねると、そうですと言う。階段から落ちて失神し、あわや死にかけたとき、聞こえてきた祈りの声の持ち主は彼女だったのだ! シスター鈴木はこおどりして喜び、あなたの祈りのお蔭で、私はこの世に帰ってくることができ、こうして元気に生きていますと、感謝の言葉を伝えることができた。これもまた不思議な経験だった。

シスター鈴木はこの臨死体験を「死にゆく者からの言葉」として平成8年(1996)に春秋社から出版しようとしたが、編集部は書名に「死」という文字が入っていると売れないと難色を示した。しかし結果的に折れてくる、この書名で出版された。これがベストセラーになったため、日本でも「死」に向き合う風土ができたと評論されたりした。

長らく国際コミュニオン学会の会長を務め、現在名誉会長を務めているシスター鈴木が書いた本を読んで、これまでよりも楽に生きることができるとホッとする人が多い。そんなメッセージを託した著書はかれこれ47冊になる。彼女は宗教を超えた光りのメッセンジャーである。


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