午後4時頃から今までずっとWiMaxが全くつながらかなったので、しょんぼりしてしまいました。
それまで接続していたのに、いきなりだからです。
IT関連なんて、そうそうアップデートしないから、もう説明書もどこにしまったか忘れたくらいで、あせってしまいました。
電話で問い合わせをしようと思って、スマートフォンのパケット通信でネット検索したり。
ああ、むだな時間が過ぎました。
そして午後8時、やっと復活したようです。
ああ、むだに過ぎた私の4時間を返して!
いや、1時間くらいあきらめてテレビをみていたから、3時間か。
今日のやること予定がすっかり狂ってしまいました。
いろいろ便利になったけれど、それに慣れてしまっているから、いったんなにかトラブルと、めちゃくしゃ時間がかかったり、ストレスになり、まいります。
またいきなり切れないか、ちょっとドキドキ。
たぶん、電波状況が悪かったんだろうと思います。
でも、私はルーターをいじったり場所を移動させたりしたわけではなく、なにか新たに電気機器のスイッチを入れたわけではないので、ひとえにプロバイダの方の電波障害に違いありません、ぷんぷん!
しばらくほっとけば良かったのかもしれません。
でも、プロバイダのトラブル情報のところに、なんのトラブルもありませんとあったので、逆にどうしようと悩んでしまいました。
けっこうネットに依存している自分を自覚しました。
そのわりには、機器の設定をリセットしてみる、というトラブルシューティングはやだなぁと思いました。
そのために何時間かかるかわかりません。
しないでよかったです。
そもそもWiMaxの電波が届いていなかったのですから、設定のし直しもしようがなかったろうと思います。
と前置きが長くなりました。
この本は、市立図書館で借りました。
演劇や映画コーナーにありました。
なぜかというと、トピックはすべて映画に絡めてあるからです。
そして少し詠み始めましたが、ドキッとするものもあれば、ああ、そうかもしれない、気をつけよう、と深く思ったり軽く思ったり。
たとえばこんなのがありました。
「眺めのいい部屋」という、私も昔気に入っていた映画。
主人公のルーシーの秘めた恋を他人に郊外してしまったお目付役のもういいおばさん年齢の従姉妹のシャルロットとのやりとり。
自分のうかつな口外で、ルーシーたちがあれよあれよと悪い状況に陥ったときに、ルーシーに謝ったときのシャルロットのせりふ。
「私がいけないのよ」
それに対してルーシーがぴしゃりと言ったセリフ。
「そう言って自分を許すくせに」
あの映画にこんなやりとりがあったかどうか、詳しいことはもう全然覚えていないです。
覚えていないということは、その当時の私は、このルーシーのセリフに、特に感慨を受けなかったんだろうと思います。
ああ、きっと若かったんだなぁ(笑)。
筆者は、そのように非をかぶろうとする人に対して、なぜ周囲が鼻白むか、このセリフから分析していました。
いまの私は、このセリフで、もう解説がいらないくらいでした。
たしかに、そう言って、自ら非をかぶることで、逆に被害者のような立場になるか、私ってけなげでしょ、だから許してね、という、本人は無意識かもしれないですが、それが空けて見えると思いました。
たぶん、無意識な方が始末が悪いと思います。意識的に利用している方がましと思えてしまいます。
ああ、でもなんか、これがよくわかるようになったのは、たぶん、職場で中間管理職として、現代うつ病の人に接したことがあるからだと思います。
あるいは、うつ病とまでいかなくても、そういう事例に接したり、あるいは同じ管理者同士で話を聞いたことがあるからだと思います。
それと、リーダーについての本や職場の問題について書かれたノウハウ本をたくさん読み、その中でのトラブル例として知ったこともあるからかもれしれません。
この本が出版されたのは2001年なので、取り上げられている映画は1950〜2000年くらいの、いまとなっては古い映画ばかりです。
でも私はあんまり映画を見ないので、関係ないです。
むしろビデオを借りてせっせと見えていた映画は、そのくらいの時期のものかもしれません。
いやぁ、この本の続きを読むのが楽しみです。
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