五木寛之は、「生きるヒント」(文化出版局)の中で、『よろこび上手』ということについて次のように書いています。
以前、1日に1回どんなことがあってもよろこぶ、そう決心しました。そしてそれを手帖に書くことにきめました。
さて、あらためて一日の中で心がキラッと光るような、よろこびの瞬間を集めようと意識してみますと、これがなかなかむずかしいものなのですね。
しかし、日がたつにつれて、少しずつ慣れてきました。あまり大きなよろこびだけを見つけようとするから戸惑うのだとわかってきたのです。
実際にそのころ、手帖に書きつけたよろこびのコレクションは、今、読み返してみますと、実に他愛のないものばかりであるのに驚きます。たとえば、
きょう新幹線の窓際の席にすわったので、富士山が真正面 によく見えた。うれしかった。
デパートで買ったボールペンが、実に書き心地がよい。とてもうれしい。
いつになくネクタイが一回で形よく結べた。こんなにうまくいくなんて滅多にないことだ。
小松空港でマス寿司を買おうと売店にいったら、最後の一個が残っていてラッキーだった。うれしかった。
BBC制作のテレビ・ドキュメンタリーが素晴しかった。 いいものを見た等々。
比較的多いのは、恥ずかしながら食べ物のことです。安くて旨いものに出会って、しきりに感激しています。
よろこぶ、ということもひとつの習慣です。
こんな風にその気になってよろこぼうと身構えていますと、喜びは自らやってくる感じがある。
喜びたい心の触手を大きく広げて待ちかまえていることが大事なんですね。すると手帖に書ききれないほどいいことがどんどん見つかるようになってきました。
「よろこぶ」ということもひとつの習慣なんじゃないでしょうか。それに習熟することが必要な気がするのです。
努力して喜んでいるうちに、やがて何でもうれしい感じになってくる。アホと違うか、と人に笑われてもいいのです。うれしがりの人生のほうが、周囲にとってもありがたいのですから。
・・・・・以上
私の知人にも「幸せ日記」をつけたり、中には英文で一日の嬉しかったことを日記としてつけている人もあります
<五木寛之プロフィル>
1932(昭和7)年福岡県生まれ。作家。『蒼ざめた馬を見よ』で直木賞、『青春の門 筑豊篇』他で吉川英治文学賞を受賞。『風に吹かれて』『大河の一滴』『他力』『人間の覚悟』『親鸞』『好運の条件』『玄冬の門』など著書多数。
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