以前、日記「4本の指で奏でる奇跡のピアニスト」(2015年4月26日)で、韓国のヒアチンタさんのことを述べました。勇気を与えてくれますので、再度取り上げます。
全盲ろうの福島智氏は東京大学先端科学技術研究センター教授。
3歳で右目を、9歳で左目を失明、14歳で右耳を、18で遂に左耳の聴覚まで奪われ、光と音を喪失した氏は、絶望の淵からいかにして希望を見出したのでしょうか。
以下は、福島さんが話されたもので、致知出版社の「人間力メルマガ」(2013年9月16日)によります。
「私の場合は日々生きていること自体に勇気が必要です。
見えなくて、聞こえない世界にいるので、
未知の惑星にいるようなものでいつ何が起こるか分からない。
ただそうした道を歩んでくる中で、
自分が盲ろうになった時、
到達した一つの思いがあるんです。
18歳の1月から3か月間で、
全く聞こえなくなっていくわけですが、
その過程で、自分は目が見えないのに、
その上どうして、さらに耳までが
聞こえなくなるんだろうかと考えました。
運命の理不尽さについて、
あるいは僕が何か罪を犯したんだろうか、
何か悪いことをしたんだろうか、
なぜ自分はこんな状況になっているんだろうか
などといろいろ考えたんです。
そして最終的に私が思い至ったのは
こんな考えでした。
なぜこんな状態になったかは分からないけれども、
自分は自分の力で生きているわけではない。
人間の理解の及ばない、
大いなる何ものかが私たちを生かしているとすれば、
僕がいま経験しているしんどさ、この苦悩というのも、
その存在が与えたものであろうから、
この苦しい状況にも何かしらの意味があるんじゃないか──。
そしてこの苦悩をくぐることによって
人生が輝くのではないかと、思おうとしたんです。
しんどい状況を経験することが
自分の人生の肥やしになるんじゃないかと。
要するに肥溜めみたいなものですね。
肥溜めのままだったら役に立たないけれども、
それを畑に撒くことによって肥やしとなり、
実りをもたらすかもしれない。
そして同じ頃次のような手紙を
友達に書き送っているんです。
「今、俺は静かに思う。
この苦渋の日々が俺の人生の中で
何か意義がある時間であり、
俺の未来を光らせるための土台として、
神があえて与えたもうたものであることを信じよう。
信仰なき今の俺にとってできることは、
ただそれだけだ。
俺にもし使命というものが、生きるうえでの
使命というものがあるとすれば、
それは果たさねばならない。
そしてそれをなすことが必要ならば、
この苦しみのときをくぐらねばならぬだろう。
(中略)
俺はそう思ったとき、突然、今まで脳の奥深く、
遠いところで、この両耳の六種類の耳鳴りの
空間の向こうで回っていた、
半透明の歯車が回るのを止めたように感じた」
・・・・以上。
福島さんは、これでもか、これでもか、と襲いかかる試練の過酷さは、私には想像もできません。
言葉にもできないような数々の困難にも拘らず、東大教授になり多くの人へ希望と勇気を与えています。
昨日の日記、4本の指のピアニスト・ヒアチンタさんといい、本当に人間とは素晴らしくスゴイものだと思います。
問題は誰でもこの素晴らしい可能性は持っているということで、この可能性を可能性のまま終わらせてしまうか、この可能性を実現させ、利他の幸せに貢献できるかだと思います。
ログインしてコメントを確認・投稿する